幸せそうな友人たちと再会して考えたこと
古びた駅前の居酒屋に一歩足を踏み入れた瞬間、玲子は一瞬だけ時間をさかのぼった気がした。
木目調のテーブル、すこし煤けた照明、壁には手書きのメニュー。初めて訪れた店だったが、何故か少しだけ懐かしかった。
「玲子ー! やっと来たー!」
声の主は、田村亜紀。高校時代の親友だ。
あの頃から明るくて、何でも笑い飛ばすような子だった。今回プチ同窓会に参加する気になったのも、亜紀が幹事だったことが大きい。玲子は、ぎこちなく笑って手を振る。
「久しぶり。みんな元気そうで何よりね」
玲子の到着が1番遅かったらしく、会はすでに始まっており、玲子の分のビールがくると仕切り直しと言わんばかりに皆で乾杯をした。
皆が口にする話題は学生時代の思い出を除けば、育児やパートナーとの生活のことばかり。だが、そのどれも持っていない玲子はいまいち話に乗れなかった。
ふと、誰かが「玲子ってさ、いかにもできる女って感じだよね」と言い、別の誰かが「タワマンで1人暮らしって、映画みたい」と続けた。
「そんな大層なものじゃないよ」
居心地が悪くなった玲子はジョッキを口に運びながら、話題を自分からそらす。曖昧に笑って謙遜する自分の声がやけに遠く聞こえた。
「沙織は最近どうなの?」
「あー、私はさ、最近ようやく子どもが夜泣きしなくなって。寝不足の日々がウソみたいよ」
そう言って笑うのは、村井沙織。学生時代は物静かで、あまり目立たないタイプだった。今は郊外に一軒家を買って、夫と娘と暮らしているという。
「大変だろうけど、幸せそうだね」
そう言った声に意図せず嫉妬が混じっていたことに気がついて、玲子は1人焦った。
ブランド物のバッグ、手入れされたネイル、キャリアを誇る玲子。シンプルなカーディガンとナチュラルメイクの彼女たち。
その間には、確かに見えない溝があった。でも、それは優劣ではなく、選んだ生き方の違いだ。
「玲子はさ、なんでも1人でできちゃうでしょ? ほんと尊敬するよ」
誰かがそう言った。
「頼る人がいないだけよ」
ふとこぼした言葉に、自分でうんざりする。
私、何してるんだろう――。
今の玲子は、誰のためにこの生活をしているのだろう。
貧しかった昔に戻りたいとは思わない。かと言って、欲しかったものを手に入れた今、それが幸せだという確信も持てない。豪華で優雅な暮らしをし、贅沢を楽しみ、跳ね返ってきた支払いに頭を悩ませ続けることが、玲子の望んだものなのだろうか。
流し込んだビールは炭酸が抜けてぬるくなっていた。