上がりすぎた生活水準、心もとない貯金
玲子は裕福とは程遠い家庭で育った。父は小さな工場の作業員、母はパート勤め。中学の時には、学校指定の通学カバンが買えず、親戚のお下がりのリュックを背負っていた。塾にも行けず、図書館で問題集をコピーして必死に勉強した。大学の学費は奨学金とアルバイトで捻出した。
「甘えるな、女だからって舐められるな」
それが、玲子の座右の銘だ。男に頼るのは負けだと思っていたし、今でもそう思っている。
だから玲子は人一倍努力した。誰よりも結果を求め、常に完璧でい続けた。それが玲子の戦い方だった。
「白川さん、着きましたよ」
「ありがとうございます」
オフィスビルのエントランスに着くと、玲子はヒールを鳴らしてロビーを歩いた。受付を通り抜け、エレベーターで17階のフロアへ。ドアが開いた瞬間、視線が一斉に集まる。
「おはようございます、白川さん!」
「今日のスーツ、素敵ですね」
「例のプロジェクト、データまとまりました」
デスクにわらわらと近づいてくる部下たちに、玲子は「おはよう」と微笑んで頷いた。
完璧であることは、疲れる。でもそれは、同時に玲子の誇りでもあった。玲子は今日もこの場所で、理想の自分であり続ける。そうでなければならない。
夜の静けさが部屋を包み、窓ガラス越しに見える東京の夜景が宝石のように瞬いていた。
玲子はソファに沈み込み、手元のスマホで銀行口座のアプリを開く。パスコードを入力すると、青白い光の中に数字が浮かび上がった。
「……こんなもの、だったかしら」
小さくため息がこぼれる。残高は、思っていた以上に心もとない。先月のインセンティブが入っていたはずなのに、カードの引き落としでほとんど消えていた。タワマンの家賃、ブランドの新作、ほぼ毎日の外食。見栄えのいい暮らしの裏で、現金はすり減っていく一方だ。
それでも生活水準は下げられない。何かを新しく手に入れるたび、少しだけ強くなったような気がするから。