毎朝目覚ましが鳴る少し前に、玲子は目を覚ます。

「眩し……」

東向きの大きな窓から朝日が差し込み、淡い光が部屋を満たしていた。窓の外には、ガラスと鉄骨の森。東京の街が静かに目を覚ましつつある。

ここは港区のタワーマンション。38階、角部屋。都内を一望できる玲子の城だ。

ダイニングテーブルには、昨夜予約しておいたカフェから届いた朝食が並ぶ。アボカドとスモークサーモンのサンドに、カモミールティー。ほんの少しレモンを絞るのが玲子のこだわりだ。

玲子は朝食を摂りながら、細めた目を時計に向けた。

7時45分。タクシーの迎えが来るまであと15分。時間通りに家を出れば、9時のミーティングにも余裕で間に合うだろう。

クローゼットから選び出したのは、受注会でしつらえた高級ブランドの真新しいスーツ。上質なネイビーブルーに白いブラウスが映える。鏡の前に立ち、髪を整え、リップを引く。

「完璧」と心の中で呟いて、玲子はマンションのエントランスへ向かった。
迎えのタクシーに乗り込むと、運転手は玲子の顔を見るなり軽く会釈をする。

「お願いします」

行き先を告げる必要はない。毎日乗っているために運転手とも顔なじみだ。
窓の外を流れる風景を眺めながら、ふとバッグの中に入った名刺入れに指が触れた。

“白川玲子・シニアマネージャー”。

実力主義の外資系企業でこの肩書きを得るまで、どれほどの時間と努力を費やしてきただろう。