夫の思いに妻は

「絵里香。ちょっと、話したいことがある」

そう切り出した瞬間、彼女は動きを止め、キッチンの入口でこちらを振り返った。

「どうしたの?」

視線が交差する。心臓が妙にうるさくて、言葉がすぐに出てこない。でも、今日こそは逃げてはいけない気がしていた。

「俺さ……ずっと言えなかったんだけど、最近、ちょっとしんどくて」

絵里香は何も言わず、黙って隣に座った。

「お義父さんとお義母さん、いろいろしてくれるのは本当にありがたい。俺も最初は、心からそう思ってた。でも、気づけば全部任せきりで、自分たちの生活を、自分たちで作れてない気がして……」

言いながら、手のひらにうっすら汗をかいているのがわかる。

「新婚旅行も、新居の家具も、結婚式も……ありがたい反面、自分が蚊帳の外にいるみたいで、どんどん自信がなくなって。で、仕事でもミスして、もう何が自分の選択だったか、わからなくなってた」

ようやく言い切って顔をあげると、絵里香の目が少し赤くなっていた。

「……なんで、もっと早く言ってくれなかったの」

「ごめん、自分でも自分の気持ちが分からなくて……怒ってる?」

「ううん……逆。言ってくれてよかった」

彼女は唇を噛みながら、小さく笑った。

「私、親に甘えてたんだと思う。助けてもらえるのが当たり前になってた。修吾がどんな気持ちか、ちゃんと考えてなかった。私の方こそごめんね」

修吾が言葉を探している間に、彼女はテーブルの上に手を伸ばして、そっと修吾の手を握った。

「うちの親のこと、良い距離感を考えていこう。もちろんすぐには無理かもしれないけど……私だって本当は2人で話し合って決めたい。家具も、旅行も、子どものことも、ちゃんと2人で決めよう」

絵里香の真っ直ぐな言葉に、凝り固まった心がすっと溶けていく気がした。

「……うん。ありがとう」

「こちらこそ。気づかせてくれて、ありがとう」

リビングに差し込む光が、彼女の髪をきらきらと照らしていた。