悩みを兄に打ち明けると

「で? 何を悩んでるって?」

兄の蓮は、いつも通り愛想のない口調で缶ビールを開けた。彼の部屋は相変わらず物が少なく、整然としている。独身貴族という言葉が、これほどしっくりくる男もそういない。

「俺、悩んでるのかな……」

「ああ、顔に書いてあるぞ」

「そっか」

缶のプルタブを引く音に混じって、自分の声がやけに小さく響く。

「絵里香の両親、さ。ほんとにありがたいと思ってるんだよ。俺たちのためを思って、いろんなことしてくれてるってのは分かる。でも、なんていうか……息が詰まるんだよな」

蓮は特に相槌も打たず、雑につまみの袋を開ける。修吾も修吾で、兄の反応を気にせずに続けた。

「家具とか家電とか、あれもこれもって。新婚旅行もそう、子どもの話も。全部、向こう主導で進んでく。俺ら夫婦が決めるはずのことが、いつのまにか“ありがたくいただくもの”になっててさ」

「……絵里香ちゃんは何て?」

「特に気にしてない。むしろ“善意でやってくれてることだから、感謝しようよ”ってスタンス。まあ、絵里香にとっては自分の親だからな」

蓮がひと口、ビールを飲み干してから、ふっとため息をついた。

「そりゃお前、向こうの親に侵食されてるんだよ」

「は?」

「何でもかんでも“ありがたい”で受け止めてたら、そのうち自分の居場所がなくなる。善意や親切だったものが、気づけば支配に変わってる。お前の今の状態、それだよ」

いつも適当な蓮の言葉の1つひとつが、妙に胸に響く。

「でも絵里香に言ったら、絶対揉める。親を否定されたように思うだろうし……」

「そうやって自分の気持ちを後回しにするから、潰れかけてるんだろ? ちゃんと話せ。夫婦なんだから」

蓮に言われるまでもなく、本当は分かっていた。

絵里香の両親は、良かれと思って動いている。それを“ありがた迷惑”と受け取るのは、後ろめたい。でも、このまま彼らの厚意を享受し続けるのも気が進まない。

そういう相反する気持ちの葛藤が、修吾のモヤモヤの正体だ。

「……俺さ、ちゃんと絵里香に言ってみるわ」

「おう。それで嫌われたら、うちに転がり込んでもいいぞ。床くらいは貸してやる」

「いらねぇよ」

散々2人でくだらない冗談を言い合ったあと、修吾は帰路についた。それなりに酔っていたにもかかわらず、霧が晴れて目の前が開けたような心地よい気分だった。