うちの会社を任せたい
「そういえばさ、今週末、お父さんたちが一緒に食事でもどう? って」
乾杯してグラスに口をつけかけたところで、絵里香がさらりと告げた。修吾の動きが、わずかに固くなったことに、彼女は気づいただろうか。
「荷解きが終わったなら、新居を見てみたいって。修吾も久しぶりでしょ?」
「うん……そうだね。引っ越しの日以来かな」
穏やかに返したものの、義両親と会うのは内心気が重たかった。
義実家は、地方では名の知れた金属加工の会社を経営していて、工場も社屋も立派な建物だった。絵里香はそこの一人娘で、何不自由なく育った。義母は明るく朗らか、義父は寡黙で威厳があり、いかにも家長という雰囲気をまとっている。
修吾が結婚の挨拶に行ったとき、その義父は酒を酌み交わしながら静かに切り出した。
「修吾くん……君には将来、うちの会社を任せたいと思ってる」
「えっ」
思わず面食らっていると、さらに義父が続けて言った。
「なんなら婿養子に来てもらうことも考えてるんだが、どうだ?」
「い、いえっ、すみません。できれば名字は、自分のを残したいと……」
正直に伝えると、義父はしばらく無言のまま焼酎を口に運んだあと、「そうか」とだけ言って、その場は収まった。
以降、養子の話は出ていないが、代わりに会社の方は将来的に修吾が継ぐという形で決着している。
結婚が決まってからというもの、義両親からは数えきれないほどの支援があった。
結婚式の費用をはじめ、新生活に伴う引っ越しや家具・家電の新調など、ありとあらゆる面で面倒を見てもらっている。普通に考えれば、とてもありがたい話だ。それなのにどうしてこんなにも落ち着かないのか。
「……修吾? ねえ、大丈夫?」
「ん、ああ……ごめん。ちょっと酔ったみたい」
心配そうに顔をのぞき込む絵里香に気づき、修吾は慌ててグラスの水を喉に流し込んだ。