ビギナーズラックがもたらしたもの

競馬場のスタンドから見る広い芝生は、想像以上に明るくて開放的だった。家の中の陰鬱な空気とは違って、ここにはエネルギーが満ちている気がした。

真理は手慣れた様子で馬柱を読んでいる。緑子はというと、名前の響きだけで、ただ「ソラノカケラ」という馬を選んだ。「それでいいの?」と真理が笑う。

「うん、どうせ予想なんてできないし」

適当に選んだ1枚の馬券。だが数分後、目の前で突風のように駆け抜けていったその馬が1着でゴールインしたとき、緑子は文字通り口をあんぐりと開けていた。

「ちょっと、ちょっと! 当たってるじゃん! これ、万馬券よ! ほら、これ見て!」

興奮した真理がスマホで表示した配当欄には、140もの倍率が表示されていた。

「えっ、ちょっと待って……これ、いくらになるの……?」

「計算してごらん? 緑子は2000円分買ったから……ほら、28万!」

全身に血が巡るような感覚がした。こんな大金を、いとも簡単に手に入れてしまった。足元がふわふわする。

夕方、手に入れた現金を大事に財布にしまい込んで家に帰ると、珍しく祐樹がリビングでテレビを観ていた。

「おかえり。今日は外出てたんだ?」

「うん、真理と……それでね……競馬、行ってきたの」

言いながら、自分でもなんだかおかしかった。

競馬。

そんな単語が自分の口から出るなんて。

「競馬?」

「うん、気晴らしに1レースだけって誘われて……そしたら、なんか当たっちゃって」

財布から払い戻し票をそっと差し出す。祐樹はしばらく無言で見つめ、それからふっと笑った。

「……すごいじゃないか、緑子。万馬券が当たる人なんて、なかなかいないよ」

正直主婦がギャンブルなんて、と呆れられるかと思っていた。でも祐樹は、むしろ楽しそうな、ほっとしたような表情をしていた。

「このお金で、ちょっと贅沢したらどうだ?」

「……贅沢?」

「そう、たまには、いいだろ? 何か欲しいものないの?」

「欲しいもの……」

最初に思いついたのは炊飯器だった。

10年近くずっと使ってるあの古い型。「え、そんなものでいいの?」と祐樹が目を丸くしたのを見て、緑子は思わず笑っていた。

つられて祐樹も笑う。

いつぶりだろう、こうして一緒に笑ったのは。

結局、緑子が得た臨時収入は、新しい炊飯器と祐樹との何度かの外食に消えた。