<前編のあらすじ>
輝子には悩みがあった。
働き始めて10年、トラブルもなく順調に過ごしている。人にも恵まれている。しかし、何か仕事以外に打ち込めるものがなく、自宅と職場の往復ばかりで休日はYouTubeを見ているだけで終わってしまう。そんな日々に焦りを感じていたのだ。
タイミングよく、と言うべきか、転職してきたばかりの男性社員“木波さん”から登山に誘われる。聞けばほかにも何人か同僚を誘っているのだという。
これ幸いにと輝子は登山を始めようと思い立つ。全部で8万もする登山グッズを購入し、待ち望んだ登山の前日、輝子は階段を降りようとしていたところ足を踏み外し、ケガをしてしまうのだった……。
前編:職場と自宅を往復する日々、YouTubeを見ていたら休みが終わり…登山を始めようと決意したアラサー女性が感じていた焦り
とりあえず集合場所に向かったものの
曇り空の下、輝子は登山用のザックを背負い、約束の駅へと向かっていた
「おはようございます!」
集合場所に着くと、すでに何人かの同僚たちが集まっていて、軽快な挨拶が飛び交った。みんな会社にいるときよりも表情が明るい。木波さんはその中心で、地図を広げながら今日のルートを説明していた。
「佐藤さん、体調は大丈夫ですか?」
気づかれたかなと一瞬どきりとしたが、輝子は笑顔でうなずいた。
「大丈夫ですよ。ちょっと昨日は寝つきが悪かっただけです」
「無理は禁物ですよ。気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね」
木波さんの言葉に、心の中で気合いを入れ直す。
「佐藤さん、もしかして興奮して寝れなかったんですか?」
「あ、うん……そうかも」
「意外と子ども心ありますよね。登山グッズもそろえてたし」
同僚たちと談笑するうち、足の痛みも気持ちの問題のように思えてきた。大した怪我ではなかったのかもしれない。実際、入山した最初のうちは、鮮やかな自然に目を奪われ、体を動かす気持ちよさに夢中になっていた。
緩やかな傾斜も、ザックの重さも気にならず、同僚たちと軽口を叩く余裕もあった。