「うわあ! ほんとに、私たちの家だ!」

思わず口から漏れた言葉に、自分でも笑ってしまった。目の前に広がるのは、真新しい白い壁、木のぬくもりが伝わるフローリング、そしてまだ何も置かれていない広々としたリビング。幾度となくシミュレーションした家具の配置を思い浮かべながら、遥香は新築特有の空気をしばし堪能した。

「こっちの部屋、日当たりすごくいいわよ〜。洗濯物もすぐ乾きそう!」

軽やかな声とともに階段から顔をのぞかせたのは、義母の芳子だ。

御年62歳。田舎暮らしをきっぱり卒業して、今日から遥香たち夫婦と同居を始める。どうやら2階の自室がお気に召したらしい。

「お義母さん、ダンボールに躓かないでくださいよ〜」

「大丈夫大丈夫。まだまだ体には自信があるんだから」

そう言って、義母は自慢のふくらはぎをポン、と叩いて笑った。

夫の優大は、いつも通りマイペースだ。ダンボールを1箱運ぶごとに「いや〜この部屋、ほんと風通しがいいな」とか「コンセントの位置、天才的じゃない?」とか感心している。やや非効率ではあるが、楽しそうなので放っておいた。

遥香と優大が結婚して3年。ようやく手に入れた、夢のマイホーム。休日のたびに展示場を何件も巡って、床材や壁紙1枚にまでこだわった。人生最大のプロジェクトだったと言ってもいい。

そして完成したこの家で、新たに始まる3人暮らし。一時は二世帯住宅にすることも考えたが、義母の介護が必要になったときのことを考慮して、いくつか彼女の部屋を用意するだけに留めた。つまり、キッチンや水回りなどを含め、ほとんどのスペースは共有というわけだ。

姑と一緒に暮らすなんて、と世間的には大変に思われることが多いが、義母は拍子抜けするほど明るく気さくで、裏表がない。夫婦のことに余計な口出しもしないし、家事も手伝ってくれる。あとは、炊き込みご飯のレパートリーがやたら豊富。

「同居なんて、大丈夫?」と心配してくれた友人たちにも、遥香は胸を張ってこう言える。

びっくりするくらいうまくいってると。

「眩し……」

まだカーテンすら付いていないリビングの窓から、初夏の日差しが差し込んでいた。