庭のベンチに座る母

いつものようにパートを終えて実家に向かった望美は、誰もいないリビングでつけっぱなしになっているテレビを目の当たりにする。

もう最初のころのように母が徘徊しているのではないかと気を揉んだりはしない。ため息をつき、リモコンで電源を落とし、台所の勝手口から庭に出る。ベンチにはやはり、母が座っている。

これでもう、今月に入って7回目だった。なんとか言い聞かせて上着とマフラーはつけてくれるようになったものの、相変わらず何かを「待っているの」との1点張りで、頑なに庭に出続けている。

「お母さん、寒いよ。中入って」

望美の声は思わず尖る。しかしあんまり強引に引っ張って家に入れようものなら、母は駄々をこねる子どものように暴れて抵抗する。母の気が済むまで辛抱するしか、母を部屋のなかに戻す方法はない。

「何を待ってるんだか」

望美はせめて風が除けられるひさしの下にしゃがみ込み、ベンチに座る母を見る。穏やかな表情で、母はじっと座り続けている。

――みぃ

風がたてる葉擦れの音に紛れて、か細い声が聞こえたのはその瞬間だった。

――みぃ

もう一度。今度ははっきりと聞こえた。