また連絡します
麗奈を見る限り、異常にそそっかしいようには見えない。
「すっごく美味しいです。ほら、健人さんも冷めないうちに」
頭のなかであれこれと思考を巡らせる健人とは裏腹に、麗奈はオムライスに舌鼓を打っている。自分が余計なことに気を揉んでいるようで、そんな自分がひどくあさましく思えた。
「本当だ。美味しい。今日、来れて本当によかったです」
健人がオムライスを口に運んで言うと、麗奈は嬉しそうに微笑む。今この瞬間を素直に楽しんでくれている様子が真っ直ぐに伝わり、歯がゆくもあるが心地いい。
だから相手の事情を勘ぐり、相手を値踏みするようなことを考えているのは失礼だと思った。
「どうしました? 顔に何かついてますか?」
麗奈はオムライスを食べながら、きょとんと目を丸くする。転がした万華鏡のようにめくるめく変わっていく麗奈の表情に、健人は自分の頬がいつの間にか緩んでいることに気づく。
どんな話をしても興味津々といった様子で聞き入ってくれる麗奈に、健人の話は弾み、気がつけばすっかり日が暮れ始めていた。
折半で会計を済ませ、駅までの道を並んで歩く。
「それにしても、健人さんって色々なご経験されてるんですね。ヨーロッパ旅行で財布を摺られた話なんて、面白くて面白くて……って、こんなに笑ったら失礼ですね」
「構いませんよ。学生のときの話ですし。あのときは本当に、もう2度と日本に帰れなくなるんじゃないかって冷や汗かきっぱなしでしたけどね」
「帰ってこられてよかったです」
「本当ですね。そうじゃなかったら、今日、麗奈さんにも会えてないですし」
冗談っぽく言ってみただけだったが、麗奈は黙ったままだった。夕日に照らされて彼女の横顔が妙に赤らんでいるように見えて、健人の頭のなかにはまた余計な憶測ばかりが飛び交った。
「えっと、あの、私、地下鉄なので」
麗奈の声で意識が引き戻される。気がつけばもう駅前についていた。
「はい。えっと、それじゃあ、また連絡します」
「はい、私も、連絡します」
地下鉄の改札へ階段を下りていく麗奈を見送る。何度もこちらを振り返り、控えめに手を振ってくる麗奈に、健人も同じ回数だけ手を振り返す。
麗奈が見えなくなるまで見送って、健人も帰路につく。踏み出す足がふわふわと宙に浮いているような心地だった。離婚してから3年。こんな気持ちを味わったことは1度だってない。
交換した麗奈の連絡先にお礼のメッセージを送り、顔を上げる。ふと乗り込んだ電車のなかで親子3人が楽しそうに話しているのが目に入り、健人は現実に引きずり込まれていく。急に重力が増したような息苦しさがある。楽しかった時間は一瞬にして遠のき、悪寒が背筋を這い上ってくる。
健人は目を閉じたままつり革に掴まり、電車の不規則な揺れにじっと耐えている。
●麗奈に惹かれ、幾度か逢瀬を重ねる健人。麗奈に自身の思いを伝えよう、そう思ってはいるのだが、健人がなかなか踏み切れないのには理由があった。幾度目かのデートで健人は意を決し、麗奈に自身の過去と、麗奈を想う気持ちを打ち明けるのだった。後編:【「自分がうまく父親になれる自信が湧かない……」バツイチアラフォー男性が吐露する“結婚に臆病”になった悲しいワケ】にて詳細をお届けする
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。