ガヤガヤと賑やかな居酒屋で健人は出されたビールを一気に喉に注ぎ込む。目の前には同じように美味しそうにビールを飲む同僚の茂木弘文の姿がある。
「昔はこうしていつも飲み歩いてたのになぁ……」
「何だよ、突然?」
「だってさ、もうこんな時間もあんまり取れなくなったじゃんか。今日はたまたま嫁さんが子供を連れて実家に帰ってるからであって、次はいつこんな風に飲めるかどうか……」
「奥さんにお願いしたら平気なんじゃないの?」
「ダメだよ。毎日家事や息子の育児をやってるんだから、夜くらいは俺がやんないとさ」
「まあそりゃそうか。昔みたいに男は外で女は家なんて訳にもいかないもんな」
「そういう風に俺も躾けられちゃったよ。前は完全に分業スタイルでやっていこうって話だったんだけどなぁ。もう結婚当初の話なんて向こうは忘れちまってるんだろうなぁ」
「まあまあ、そんなこと言うなよ。奥さんだって大変なんだ」
健人はそう言いながら、瓶ビールを弘文のコップに注ぐ。
弘文は注がれたビールを一口飲んで、にんまりと笑った。
「まあでも、子供は本当に可愛いよ」
ため息混じりに出た言葉が心からの本音であるということがうかがえる。健人はテーブルの上でぐちゃぐちゃになっているおしぼりに視線を落とす。
「……そう言ってもらえたら子供は幸せだろうな」
「お前はどうだ? 再婚とか考えないのか? もう36歳だろ? いつまでも独身ってわけにはいかないぜ」
弘文に聞かれ、健人は思わず考え込む。
3年前に健人は離婚をして、そこからずっと独身を貫いている。離婚した当初は再婚なんて考えられなかったが、現在は少しだけ考えが変わってきている。
「……そろそろしてもいいのかもな」
健人がそう呟くと、弘文は赤ら顔で満面の笑みを浮かべる。
「そうかそうか。お前ならすぐに良い嫁さんが見つかるよ。お前は仕事も真面目だし、良い旦那になると思うぜ」
弘文の言葉に少しだけ胸が痛んだ。もし本当に自分が良い旦那であれば、離婚なんてすることはなかっただろう。健人は胸に湧いた靄のような感情を流すようにビールをあおる。
「そう、なれるように頑張るよ」
「よし、じゃあまずはマッチングアプリの登録からだな」
気を良くした弘文は意気揚々と指示をしてくる。
「お前、酔ってるだろ?」
「ほらいいから、早く携帯を出せって。こういうのは思い立ったが吉日なんだからな。写真撮ってやるよ」
スマホを出すよう言われ、プロフィール用だと写真を撮られる。画面の真ん中でほんのりと頬を赤らめ、ぎこちない笑みを浮かべているこんな自分でうまくいくとは思えない。