万全の準備をして2匹目の猫を迎え入れる

アンがいなくなって半年後、恵子さんはアンにそっくりなアメリカンショートヘアのメス猫を迎え、ダイアナと名付けました。アンは恵子さんが大好きなルーシー・モード・モンゴメリの小説『赤毛のアン』の主人公で、ダイアナはその親友の名前です。恵子さんはその時点で75歳になっており、ダイアナを飼うことを決めるまでは、相当な葛藤があったようでした。

「この子は看取れないから、後のことをしっかり準備しておかないと」

恵子さんがそうつぶやくのを聞いて、「いざとなったら我が家でお預かりしますよ」と言っても、恵子さんは猫アレルギーのうちの夫を気遣って「そんなわけにはいかない」と譲りませんでした。

そして、すぐにご主人の知り合いだったという弁護士事務所を通じて探し出したのが、ペット信託を扱う行政書士の熊倉さんでした。ペット信託とは、飼い主の万一の時に備えて、ペットの面倒を見てくれる先を決めておける制度です。そのために将来ペットの飼育に必要な費用を信託財産として準備しておくのだそうです。

熊倉さんは20代の女性で、ご自身も猫が大好きだといい、保護猫カフェの活動にも携わっていると聞きました。恵子さんのペット信託では、熊倉さんが監督人となって信託された人がペットをきちんと飼育しているかをチェックしてくれるということでした。

熊倉さんとは数回、恵子さんの自宅で、恵子さんが淹れてくれた紅茶を飲みながらお話もしました。「熊倉さんだったら安心ですね」と言うと、恵子さんは満面の笑顔でうなずいていました。

恵子さんはカトリック教徒で、地域のチャリティなどにも熱心に参加していました。自分の財産は経済的な援助を必要とする人たちのために役立ててほしいと常々話していて、熊倉さんの助言を受けて紛争地域や病気の子供たちを支援するNGO(非政府組織)などと死因贈与契約(死後に財産を渡すという契約で、贈与者の生前から契約書を交わしておく)も進めていたようです。

熊倉さんとの出会いでいろいろ将来の準備ができて、恵子さんの表情も晴れ晴れとしたものに変わってきました。その3年後、「ちょっと心臓の具合が悪いので、2週間ほど検査入院することになったの」と自分の足で病院に向かった恵子さんは、その日の夜に急に旅立ったのです。落ち着いたらお見舞いに行こうと思っていたので、突然の訃報に愕然としました。

そして、それから恵子さんが残したペット信託や死因贈与契約が大きな波乱を呼ぶことになります。

●恵子さんの息子と娘は、当然自分たちが財産を承継するものと考えていたらしく、遺言が開示されると怒りを爆発させました。後編【「猫に信託までしてって言いますけど…」愛猫に資産を残した孤独な女性。怒る娘を納得させた専門家の「厳しい一言」】で詳説します。

※プライバシー保護のため、内容を一部脚色しています。