一人暮らしをする恵子さんに寄り添った猫のアン

恵子さんとは15歳も年が違うのに、なぜか馬が合いました。それは、恵子さんの若々しく何事に対してもポジティブで好奇心旺盛な姿勢、そして誰に対してもリスペクトを欠かさないフレンドリーな性格に負うところが大きかったように思います。

カリグラフィー教室は先生を含めても10人程度の小所帯だったので、皆の仲が良く、教室が終わった後に遅めのランチやアフタヌーンティーに繰り出したりしました。

中でも恵子さんとは自宅の方向が同じだったこともあり、一緒に帰るうちにいつしか、ご自宅にお邪魔するような間柄になりました。

恵子さんの亡くなったご主人は会社の経営者で、我が家とは比べものにならない立派な邸宅にお住まいでした。とはいえ、ご主人の跡を継いだ息子さん一家や、東京にお住まいの娘さん一家とはあまり交流がないらしく、家族の話をする時は少し寂しそうでした。

そんな恵子さんがある日突然、猫を飼い始めました。何でも、ペットショップで売れ残っていた猫を見かねて衝動買いしたのだそうです。ある意味、恵子さんらしいと思いました。

最初は「一度も飼ったことがないんだけど、大丈夫かしら」と戸惑っていた恵子さんですが、すっかり猫との生活にはまったようでした。ちょっとツンデレのアメリカンショートヘアのアンを、文字通り“猫かわいがり”しているように見えました。

猫の知能は人間の1歳児くらいだそうですが、時折、この子は私たちの言葉が分かるんじゃないかと思うような猫がいます。アンがまさにそうでした。いつも恵子さんの側にぴたりと寄り添い、恵子さんが「アン」と呼ぶと、「ふにゃ~」と甘えるように返事をします。

そのアンが14歳で天寿を全うした時、恵子さんはまるで我が子を亡くしたかのように肩を落としていました。