今日は割り勘で行きましょう
100点満点中の200点。出遅れてしまったけれど、春輝くらいのスペックを持つ人との結婚が決まれば、これまで瑠美を置き去りにしていった友人知人たちを一気に追い越せる。白いタキシードを着た美しい春輝が瑠美の横にいる姿を想像するだけで、ワインが美味しかった。
だからこれまでアプリを通じてどんな人と会ってきたのかという話題に話が移ったとき、つい口を滑らせてしまった。
「信じられませんよね。私、デート代は男性が持つべきだと思うんですよ。女性はデートの準備にたくさん時間もお金も使ってるんだから、そのくらいしてくれないと、男としてどうなのって思っちゃう」
話し終わった瞬間、瑠美は「しまった」と思った。今の言い方は誤解させるかもしれない。
「あ、もちろん春輝くんは、合格点ですよ。男らしく経済力もあるし、女性に対してもスマートだし」
瑠美は慌ててフォローした。春輝はまったく意にも介してない様子でにこりと笑った。
「価値観はそれぞれですから。僕はそういう意見も大切だと思いますよ」
そのクレバーな返しと柔らかな態度に、瑠美は改めて確信を深める。この人なら大丈夫だ。ついに運命の人に出会えたのだ。瑠美は、心の中でガッツポーズをした。
ウエディングドレスはどんなものにしようか。なるべく早いほうがいい。憧れのチャペルの予約は取らないといけない。そんなことを考えながら口に運ぶドルチェは、やけに甘かった。
ところが会計の段階で、事態は一変した。とびきりの笑顔でお礼を言う準備をしていた瑠美に、春輝が信じられないことを告げた。
「今日は割り勘でいきましょうか」
一瞬、春輝の言っていることが理解できず、瑠美は聞き返していた。
「は?」
春輝は少し首を傾げ、微笑みながら答えた。
「瑠美さんの理論だと、割り勘が一番公平ですよね? 僕もデートのために服を選び、スキンケアをし、多少ですがメイクもしています。お互いに準備をしているなら、その対価を出し合うのが自然じゃないですか?」
瑠美は何も言い返せなかった。確かにその通りだ。その通りなのだが、そうじゃないでしょ! と叫びたかった。口をわなわなさせている瑠美に、春輝がきっぱり言った。
「男性が払うべきだとも、割り勘にすべきだとも、僕は思いませんが、お金はやっぱり気持ちよく使いたいですよね」
――自分は何かとてつもなく大きなミスをした。
それに気づいた瑠美は、必死になって取り繕い、挽回することに徹した。春輝が終始ニコニコしてくれたのが救いだった。
「また会いたいな」
別れ際、瑠美は上目遣いで甘えるようにそう言った。春輝はニコッと笑って「もちろん」と答えた。その言葉にほっとして、瑠美は春輝に別れを告げた。
しかしデートの後、春輝から連絡が返ってくることはなかった。瑠美がメッセージを送っても既読がつかない。試しに彼のアカウントを見ようとすると、そこには「このユーザーは存在しません」と表示されていた。ブロックされたのだ、と気づいたとき、地面に埋まってしまうのではないかと思うくらい気持ちが沈んだ。
もう一度会いたいと言った瑠美への春輝の返答は、「もちろん」だった。それが、「もちろん会わない」という意味だったことを、瑠美は知るよしもなかった。