下がる収入

裕の苦悩は、そのまま収入に現れた。

執筆に時間がかかるようになり、裕は今までのペースで原稿依頼をこなすことができなくなった。引き受けた以上、〆切に遅れれば先方に迷惑がかかる。だから裕は、不本意ながら仕事の量をセーブするしかなくなった。

しかしフリーランスは働くほど稼げる代わりに、働かなければどんどん収入が減っていく。平均して50万近くあった収入は霞のように消え、家計との収支はあっという間に赤字になった。

パートを増やした一美のほうが収入が高い月さえあった。自分たちの老後は自分たちで何とかするといって蓄えていた貯金は確実に減っていった。同時に、すり減る貯金は裕と一美の神経までもを確実に摩耗させていった。

ある日、一美がパートから帰ってくると、裕がリビングのソファで寝ていた。テーブルにはウイスキーの瓶とグラスが置かれている。12月に入っているというのに、暖房もつけず、裕はずいぶんと薄着だった。

「こんなところで寝てると風邪引いちゃうよ」

一美が優しく身体を揺すると、裕はゆっくりと目を開けた。

「なんだ、一美か」

「寝るなら寝るで、シャワー浴びておいでよ。こんなところで寝てたら風邪引くよ」

「うるさいな。子どもじゃあるまいし、んなこと分かってんだよ!」

裕がいきなり大声を出し、一美の手を払いのけた。

「余計なお世話だ! ほっといてくれ!」

裕はそう吐き捨てると、ふらつきながら自分の部屋に行ってしまった。思うように仕事ができず不機嫌なのは分かっていたが、こんな振る舞いをする人ではなかった。ちょっと偉そうなところはあったが、基本的には優しい夫だった。

ずっと支えてきたつもりだった。それなのに、自分がどうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのか。テーブルに置かれたウイスキーの瓶の前で、一美はひとり涙を流した。

●荒む裕、窮状に頭を悩ます一美。そんな二人の現状を知ってか知らずか、離れて暮らす大手銀行勤めの息子・達郎が帰ってくる。達郎は二人の救世主となるのか……。後編【「好き勝手やらせすぎだよ」フリーランス夫の不調で老後破産の危機に瀕した50代夫婦を救った”大手銀行勤め”の息子の行動】にて詳しくお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。