コロナにり患してしまい
それは、裕がネットテレビに出演した日の夜のことだった。
仕事先から帰宅すると、身体がひどく熱っぽいと言ってぐったりとソファに座り込む。体温を測らせてみると、なんと39度を超えている。慌てて市販の風邪薬を飲んでベッドに潜り込んだが、翌朝になっても熱は下がらない。しかも、激しく咳き込み、関節や筋肉が痛むと訴えた。
立ち上がって歩くことも難しく、慣れない一美の運転で病院へ向かった。診断の結果は新型コロナウイルス。息子を含めた家族3人、2021年ごろの流行時は誰一人としてり患することなく乗り切っていたから、まさかここでと驚いた。
夫の闘病生活は難航した。2、3日すれば熱も下がるというネットの情報とは裏腹に、薬を飲んでもすぐにはよくならず、1週間近く高熱が続いた。その後は快方に向かったものの、裕のからだには新型コロナウイルスの後遺症が深く刻み込まれていた。
「はかどってなさそうね……」
朝11時過ぎという中途半端な時間帯に、裕が書斎から出てくる。コロナにかかってから表情はずっと沈んでいる。
「考えがまとまらないんだよ。書くスピードも明らかに落ちてるし」
裕の仕事の詳しいことは知らないが、コロナが治って何日かした夜、書斎の扉の向こう側で夫は誰かにしきりに謝っていた。聞き耳を立てていたわけではなかったが、どうやら思うように執筆がはかどらず、〆切を落としたらしかった。
「仕方ないわよ。まずはリハビリよ、リハビリ」
一美は努めて明るく声をかけた。大変なときだからこそ、支えたいと思った。
「そうだな。ちゃんと回復すれば、また前みたいに書けるようになるよな」
「そうよ。裕なら大丈夫。お茶入れて、持っていくから。お昼ご飯まで頑張っておいで」
「ああ、ありがとう」
裕は大きく伸びをして、書斎へ戻っていった。だが一美の目に、裕の背中はひどく小さく映っていた。