<前編のあらすじ>

憲二は(62歳)は、6年前に資産運用でアーリーリタイア(FIRE)をして以来、現役時代は忙しくてできなかった神社仏閣めぐりをして、隠居生活を楽しんでいた。

ある日、息子の昌一(35歳)が、仕事を辞めて実家へと戻ってきた。家でふらふらと過ごす昌一にいら立つ憲二だったが、昌一はある日突然、時計の修理士の専門学校へ通いたいので、学費を出してほしいと言い出した。

一度は突っぱねたが、昌一を溺愛している妻・直美(59歳)の意見もあって、35歳の息子の学費を工面することになった。

●前編:「思わず耳を疑った」家族のために“FIRE”をした男性の誤算…突然仕事を辞めた35歳息子からの「仰天の申し出」

学校は辞めたんだよね

時計の専門学校に通い始めた当初、昌一は真剣に知識や技術を学んでいるように見えた。朝早く起きて家を出て行き、夕方遅くに疲れた様子で帰ってくる。

最初に時計の修理士になりたいと言い出したときは、本気かどうか疑っていた憲二も、援助したかいがあったと安心していた。直美も昌一のために喜んで身の回りの世話をしていた。

ところが、入学から数カ月がたったころ、昌一が学校に行っていないことに気づいた。

かつてのように日が高くなってから起き、ふらふらとどこかへ出掛けて行って、夜中までゲームをしていた。帰ってくるときには、アルコールのにおいをさせて帰ってくることもあった。

どう考えても、目標に向かって努力している人間の生活ではない。不審に思った憲二が問い詰めると、昌一はまるで天気の話でもするみたいな調子で、気だるそうに

「あー……学校は辞めたんだよね」

「は?」

一瞬、憲二は頭が真っ白になった。

専門学校を辞めた? なんの相談もせずに? そもそも親の金で入学しておきながら、たった3カ月足らずで音を上げたというのか。

憲二は湧き上がってくる怒りを抑えきれなかった。

「一体どういうつもりだ!? ろくに通いもしないで辞めるなんて、ふざけてるのか!?」

「別に……ただ俺には向いてなかっただけだよ」

悪びれもせず、当然のことのようにつぶやく昌一。視線を合わせようともしない息子の態度は、憲二の感情をあおった。

「お前が自分で決めたことだろうが! そんな言い訳が通用すると思っているのか!?」

しかし、憲二が何を言っても、昌一は冷めた様子で「興味がなくなった」「思っていたのと違った」と繰り返すばかりで話にならない。

「仕方ないわよ。実際にやってみないと分からないこともあるんだから」

退学の件を知っていたらしい直美は昌一をかばったが、憲二は到底納得できなかった。工面した200万円が無駄になったことは、この際百歩譲って目をつむろう。だがそもそも、息子がやりたいと言い出したことに金を出したのは、直美の説得もあったが、なにより父親として昌一を応援してやろうという気持ちがあったからだ。

長年連れ添い、ともに暮らしてきた家族とは思えなかった。いい夫ではなかったし、いい父親でもなかっただろう。だが、こんな風に気持ちをないがしろにされるようなことをした覚えはない。

「ふざけるな……出て行け! 35歳にもなって、親のすねをかじるばかがいてたまるか!」

憲二は声を荒らげた。

おそらくここで感情をあらわにすれば、これまで家族3人をつなぎとめていた何かが壊れるだろうということは想像できた。だが、たとえそうだったとしても、憲二は自分を抑えることができなかった。