老後資産を使いこまれ…

それからしばらくして、昌一は唐突に家を出ていった。

無事再就職が決まって、会社の近くで1人暮らしを始めるというのだ。憲二は内心ほっとしていたし、直美も昌一の再就職を喜んでいた。

昌一が自立してくれれば、ようやく直美との平穏な生活が戻るだろう。実際、憲二の毎日はこれまでの落ち着きを取り戻し、再び神社仏閣巡りに精を出す余裕も生まれた。

だが、昌一が家を出て数カ月がたったある日、通帳を確認した憲二は信じられない事態に直面した。

老後のためにためていた資金が、いつの間にか大幅に減っていたのだ。資産は分散して管理しているため、銀行に預けている分が全てではないが、それでも口座には1000万以上はあったはず。ところが通帳に印字された残高は、なんと200万円を切っていた。毎月定期的に50万円前後の金が下ろされている。もちろん憲二の身に覚えはない。

夫婦で使っている口座なのだから、身に覚えがないのであれば、残る可能性は1つしかない。すぐに直美を問い詰めると、驚くべき事実が発覚した。

直美は、ずっと昌一の生活費を夫婦の老後資金から出していた。しかも、昌一は今も定職に就かず、ホテル暮らしをしていたことが判明。

再就職が決まったというのは、口から出任せの大うそだったのだ。

「どうしてこんな勝手なことをしたんだ!? これは俺たち2人のための金だろう!」

憲二は怒りを抑えきれず、直美を責めた。直美は涙ぐみながら反論した。

「だって……昌ちゃんが困っているみたいだったから……子供を助けるのは親として当たり前でしょう?」

「ばか言うな! あいつはもう35だぞ! とっくに俺たちの手を離れた人間なんだ! 老後の生活費を切り崩してまで、面倒を見てやる義理はない!」

「あなたは冷たすぎるわ! 何歳になっても、あの子は私たちの子供よ! 親が子供のためにお金を使って何がいけないの!?」

いつもならなるべく直美の気持ちを尊重しようと思う憲二だが、今回ばかりは本当に理解不能だった。大切な妻が、えたいのしれない生き物に見えた。

「昌一が病気やけがが原因で生活できないっていうなら、俺だって身を削って援助するさ。だけど、今のあいつは仕事もせず、遊び歩いてるだけじゃないか」

「でも……」

これは単なる親の援助というレベルを超えている。昌一はもうとっくに自分の人生に責任を持つべき年齢に達しているのだ。

「成人した子供をいつまでも甘やかすのは間違ってる。昌一は親のすねをかじらずに自立するべきだし、お前はいい加減子離れすべきだ。直美……お前も本当はそれを分かってるから、俺に黙って昌一に金を渡してたんじゃないのか?」

「別に……あの子を甘やかしてるつもりじゃないのよ。ただつらい思いをしてほしくないだけなの。子供の幸せを願うのは、親として当然でしょう?」

直美は決して罪を認めず、堂々巡りの主張を繰り返した。

彼女の口から「子供のため」「親としての責任」といった言葉が出てくるたび、憲二は頭を抱えた。直美は昌一を盾にして、自分が夫婦の資産を使い込んだ件を棚に上げていることに気付いていないのだ。

いくら話し合っても、憲二と直美の意見は平行線のまま時間だけが過ぎていった。