形見分けと遺産相続
遺産相続は、案の定次兄の主導で進められた。
次兄は母親が所有していた株は全部現金化し、預貯金も含めて5等分。薬局を継いでいる長兄に5分の2と店の権利全部を、あとの3人は5分の1ずつもらうということを提案。誰も異議を唱えず、スムーズに終わった。
「ただ、母の持っている株は額はそれほど大きくないですが、銘柄それぞれに『誰々にあげる』と子どもの名前まで書いてあったのに、次兄は無視して現金化してしまいました。私は母の意向を大事にしたいと言ったけど、やはり相手にされませんでした」
貴金属の形見分けは、姉の主導で進められた。
実家に残されたままの貴金属類をかき集め、片岡さんと姉とで欲しいものを選んでいった。ただ、太くて重い金のネックレスだけは、姉と次兄が「現金化して、貯金や株を現金化したものに加える」と最後までこだわったが、片岡さんは、母親が気に入っていたものだったので手放したくない。
そこで片岡さんは、
「本当はスターサファイヤの指輪は、お母ちゃんが私にくれるって言ってたんだよ。それは私の夫も長女も聞いてる。姉ちゃんが姪っ子ちゃんにあげたいって言うから、私は譲ったんだよ。なのにどうして次兄ちゃんと姉ちゃんは、母ちゃんの気持ちを無視して全部決めるのかな?」
と不満を漏らした。
すると意外にも姉が折れ、金のネックレスは片岡さんのものとなった。
「母の介護が始まった時、次兄と姉が突然出てきたのは、遺産目的ではないかと疑っていたのですが、そこまで強欲に遺産を奪おうという動きはなく、揉めることを覚悟して挑んだ私は、肩透かしを喰らいました。結局、次兄も姉も、一体何がしたかったのか、私にはさっぱりわかりません。それまで次兄も姉も母のことはノータッチだったのに、なぜ突然グイグイ施設入所を推し進めたのか? それが母の寿命を縮めてしまったのだと思えて、今も私は次兄へのわだかまりが消えずにいます」
当時長兄は、事故の後遺症がある上、父親から継いだ薬局経営がうまくいっていない時期もあり、夫婦ともに多忙な生活を送っていた。
片岡さんは、90代の義母を引き取り、仕事をしながら介護をしていた。
そんな状況を踏まえて、次兄や姉は、自分たちが母親を引き取って同居するという事態を避けたかったのではないだろうか。頭の良い次兄は、自分たちが母親を引き取らなくても良いように、先回りして周囲を誘導しようとした。やり方がまずく、強引になり、きょうだい間にわだかまりを残すことになってしまったが、おそらく次兄や姉にとってのわだかまりは、些細なことだった。実家から離れて暮らしていたせいなのか、子どもの頃大切にされなかったからなのかはわからないが、次兄や姉にとってはもう、育った家族よりも築いた家族の方がはるかに大切なのだろう。
築いた家族さえ守れたらそれで良いとさえ思っているのかもしれない。
きょうだいのみならず、家族の仲は、親に介護が必要になった時、試練の時を迎える。親にとっての子どもとの関係は生涯変わらないかもしれないが、子どもにとって生まれ育った家族は、過去のものとなる場合が少なくない。きょうだいが多ければ多いほど、親に対する感情もそれぞれで、意見をまとめるのが難しくなるのも容易に想像がつく。
そういった状況を避けるために最も有効なのは、やはり遺言書だろう。子どものことを思いやれる余裕があるうちに、遺言書を作っておくことが、親ができる最後の親らしいことなのかもしれない。