築40年を超えた老朽不動産がトラブルの元

祖父の遺した不動産物件の処置を巡っては、美穂と兄の翔太(40歳)の考え方が対立していた。美穂は、物件を一刻も早く売却すべきだという考えだったが、翔太は稼働している不動産は財産として残すべきだと考えていた。美穂は、「すでに築40年を超えている物件は、修理保全のための手間や費用が大きなコストになるため、保有し続ける価値は低い」と訴えていた。美穂たちが暮らしている商業ビルは、駅から徒歩20分と、決して条件の良い物件ではなかった。さらにマンションの方は商業ビルよりも5年ほど古い物件で、ここ数年は水回り関係の事故が頻発していた。

そもそも不動産管理業務については、兄の翔太が行うことが期待されていた。ところが翔太は、学生時代に挑戦した宅建の資格を2回連続で不合格となり、資格取得をあきらめて不動産とは関係のないソフトウエア会社に就職してしまった。父の光一も不動産管理業務から逃げたクチだったので、翔太を強く非難することもできなかった。結局、祖父の兼高に一番かわいがられていたという理由で美穂が不動産関連の業務を押し付けられることになった。美穂は宅建の資格試験に一発で合格し、資格を得たこともあって大学を卒業後、不動産会社に就職した。

そして、翔太が父親の暮らす練馬の敷地に一戸建てを新築し、板橋のビルから引っ越すことになって美穂たちが板橋のビルで暮らすことになったのだった。板橋のビルに引っ越すと同時に、美穂は会社を辞めて不動産管理の業務を引き継ぐことになった。それから2年近くが経過していた。

財産だったはずの不動産が不幸を呼ぶ

翔太は、実家のある練馬に居を構えてから、まるで市田家の当主になったようにふるまい始めた。市田家といっても母親は10年ほど前にがんで他界しており、残っているのは父と兄妹だけだった。父親の兄もすでに亡く、その兄には家族はいなかった。結果的に祖父が遺した不動産は、翔太と美穂が相続することになるが、その不動産を巡って兄と妹の間でいさかいがたびたび起こった。美穂に言わせれば、翔太は「ケチ」だった。不動産管理にかかわる費用は極力抑えて、不動産から上がる収益を最大化することばかりを考えていた。

翔太は、美穂が管理業務を担当すると決まってから、それまで管理を行ってきた管理会社との契約を破棄し、祖父が設立した不動産管理会社を復活させた。そして、美穂とともに管理会社の役員として入り、管理会社から報酬が得られるようにした。美穂が得ている毎月10万円の報酬は管理会社を通して得ているものだった。翔太はその報酬をより大きくしようとしか考えていなかった。

今回の大規模な修繕案件についても、翔太は、できるだけ費用を抑えて解決することしか考えていない。保険が使えず、工事期間中の2週間分の休業補償を管理会社が負担せざるを得ないことを告げると烈火のごとく怒りだすことは目に見えていた。美穂にとっては、所有する不動産は兄妹のいさかいのもとでしかなかった。そして、この不動産があるために、兄もまた問題を抱えていた。美穂は、不動産を保有していることが、美穂たちを不幸にしているように思えてならなかった。

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※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。