息子の部屋で
春子たちは自分の部屋に向かった俊介の後を追う。部屋の扉を明けた俊介の指さしている先にはエアコンが設置されている。この家を買ったとき、俊介の部屋にもクーラーを取り付けていた。もちろん俊介が家を出てからは全く使われていない。
「あれ、夏休みのときとかはずっとつけっぱなしにしてたじゃん。つまりこの家のエアコンは2台動いてたわけ」
俊介に言われて、春子と利也は目を合わせた。そう言えば、俊介はこの部屋で寝てたし、去年なんて部屋にこもって卒業論文を書いていたから、夏休み中はクーラーをつけていたような気もする。
「父さんさ、去年の電気代覚えてないの?」
「いや、毎月、引き落とされていたから、別に見てはないけど……」
利也がうろ覚えの記憶を話すと俊介はがっくりと肩を落とす。
「しっかりしてくれよ。うちは昔からクーラーも暖房もガンガンにつけてたって。特に父さんは寒がりなんだから、ずっとリビングの暖房つけてただろ?」
「ああ、そ、そう言えばそうだったな」
利也は耳を赤くしてうなずく。俊介はため息をついて肩をすくめた。
「電気代で言えば、暖房のほうが高くつくんだから。気にするのは分かるけど、なんでそんなことで今更けんかなんてするんだよ? 最近は世界情勢とか色んなことが原因で電気代が上がってるっていうし、そういうのも高くなった原因なんじゃないかな」
俊介の解説を聞き、春子は肩をすくめる。
「そうよね、きっとそういうのを私たち、把握してなかったから……」
春子の反省を聞き、再び俊介が説教を始める。
「しっかりしてくれよ。だいたい、2人はお金の管理が甘いんだよ。俺、一人暮らしをして、2人が全然しっかりしてないのに気付いたわ。もういい年なんだから、そういうところはちゃんとしてくれって」
「……ごめんなさい」
2人そろって俊介に頭を下げる。これではどちらが大人か分からない。
「俺に謝っても仕方ないだろ。それに、これからはちゃんと節電についても考えた方がいいよ。最近は電気料金のプランも電力会社もいろいろあるからね」
そう言って俊介は部屋を出ていった。リビングに戻ると何も知らないムギがのんきに駆け寄ってくる。春子がムギを抱き上げると、傍らに俊介が立っていた。
「悪かったな」
「もういいわよ。私も意固地になってたし。まずは電気代の見直しね」
「何やってんだかな、俺たち」
俊介のつぶやきに、春子はうなずく。もう今となっては何であんなにけんかをしていたのか分からなかった。情けなくて、恥ずかしくて、だけどほんの少しおかしくて、春子は思わず笑みをこぼす。
くう、とムギが小さく鳴いた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。