「私に任せて」。同僚の言葉にほっとしたが…。

それは、大きなオーダーが入った日のことだった。その日は職場に緊張した雰囲気があった。翌日の仕事の段取りは、よほど慎重に計画しないと、当日中に業務が終わりそうになかった。愛美は、翌日の段取り表を慎重につくった。万が一にも休めないと思いながら、優斗の発熱は間の悪い時に起こりやすかったことを思い出していた。そのため、胸騒ぎがして仕方なかった。愛美は、帰り際に沙知に頭を下げて万が一の時には、フォローをよろしくお願いしますと拝むようにした。沙知は、「さすがに、明日休まれたらフォローしきれないと思うよ」と笑いながら、「取り越し苦労だよ」と言ってくれた。

その日、夫の隆弘は仙台への日帰り出張だということで、暗いうちから出かけた。子供たちを起こしに行くと幸いなことに2人とも何事もなく起きだしてくれた。結乃を小学校に送り出して、優斗を保育園に連れて行こうと手を握った時に、優斗の体温の高さに驚いた。優斗の呼吸は速く、明らかにぐったりしている。この状態では、とても保育園では預かってもらえなかった。愛美は震えるような思いがした。大きなため息が出たが、もはやどうすることもできなかった。会社に電話して出社できないことを伝えた。電話を取った稲山は、明らかに機嫌が悪くなった。沙知が出社する頃合いを待って、沙知にも欠勤のことを伝えた。沙知は絶句したが、「子供のことだから仕方ないね」と言ってくれた。

翌日、早めに出社して稲山に重要な日に欠勤してしまったことを詫び、沙知にもグループのメンバーにも欠勤して迷惑をかけたことを詫びた。結局、愛美のグループは2時間程度の残業になったということだった。その日は1日、針の筵に座っているような心地で過ごした。沙知が昼食に誘ってくれ、いつもと変わらないように接してくれたのが救いだった。愛美が、これ以上、稲山に欠勤の連絡をするのが辛いと言うと、沙知は「そんなに嫌なら、私に連絡してくれれば工場長には私から伝えるようにする」とまで言ってくれた。

社内の“子持ち様”を誰が支えてくれるのか?

そして、それから10日も経たない金曜日の朝に、優斗がまた発熱した。隆弘が出社し、結乃も小学校に向かった後で、驚くほど優斗の身体が熱かった。この日は、少し咳も出ていた。いつもの発熱ではなく、風邪をひいているように感じられた。愛美は、沙知に電話して事情を伝えると、優斗を抱き上げて病院に向かった。

その日の昼に、病院から帰って風邪薬を飲ませた優斗を寝かしつけていると、稲山から電話があったのだ。稲山は、「子供の病気で会社を休むのは仕方ないが、無断欠勤は困る」と言って、愛美をなじった。愛美は、「連絡はしました」という言葉を飲み込んだ。それとともに、身体に震えが走った。ついに、会社でたった一人いた自分の味方がいなくなったという思いに襲われたからだった。沙知は会社に欠勤の連絡をしてくれていなかったのだ。

●沙知の裏切りに追い詰められた愛美はついにある決意するが……。後編【同僚の非情な仕打ちでドン底に陥った“子持ち様”を救った意外な人物とは!?】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。