娘からの信じられない言葉
「薫はさ、洗濯ものの1つもまともにできないわけ?」
新吾は薫の鼻先に、胸のあたりに黒ずんだ三角形の模様をつけたワイシャツを突きつけて言った。
「ごめんなさい」
「いや、ごめんで済んだら警察いらないよね? ……ったく、いくらすると思ってんだよ、このシャツ」
うっかりしていた。アイロンをかけている途中に宅配便がやってきて、てっきり受け皿に置いたつもりで荷物を受け取りに行ってしまった。リビングに戻ってきたときにはワイシャツはにわかに煙をあげ、取り返しのつかないことになっていた。
「明日、新しいもの買ってくるから」
「は?」
新吾は目を細める。
「それ俺の金だよね? それ弁償って言わないよね? 頭大丈夫かよ」
「ごめん」
うつむいた薫の顔に、投げつけられたワイシャツが当たる。床に落ちたワイシャツは、視界の真ん中でみるみるうちににじんでいった。
「ごめんごめんごめんって、謝ってばっか。いまどきAIだってもう少しちゃんとしゃべるよ? ちゃんと人間だよね、あなた。頼むからしっかりしてくれよ」
新吾は吐き捨てて、家を出て行った。家の前の駐車場でかかったエンジン音が、窓越しに遠ざかっていった。
緊張から解放された薫はソファに座り込む。大きく息を吐き出すと、なんとか堪えてきた涙が静かにこぼれ落ちた。
「……ママ、大丈夫?」
声をかけられ、顔を上げると美緒がこちらを見ていた。その横には美緒に手を引かれた実里もいる。
「ご、ごめんね」
薫は慌てて涙を拭いた。
「ママ、もう無理しないで、離婚したっていいんだよ」
美緒は真っすぐに薫を見ていた。驚いて言葉が出なかった。
●自分のことしか考えない典型的なモラハラ夫。母子3人が幸せに暮らすことはできるのだろうか……? 後編【「娘の将来のため別れられないと諦めていた…」モラ夫へ計画的に三くだり半を突きつけた“痛快な手法”とは?】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。