自分の幸せは?
翌日の午後、洗濯ものをたたんでいた薫に、大学時代からの友人である万里子から連絡があった。週末ランチに行こうという誘いだったが、昨日の今日で新吾の許しは出ないだろう。薫は家族で予定があって、と断るしかなかった。
『へぇ、いいじゃん。うちなんて息子も家族と出掛けたがらないし、そもそも旦那なんて寝てばっかだよ』
うん、と相づちを打ったつもりだったが、薫の声は出なかった。
『うちの旦那ってほんとに使えないんだよ。洗濯しておいてって頼んだら、服とかを洗濯機に入れてスイッチを押すだけで全部完了だと思ってるの。いや、干さないとダメじゃんって注意したら、そこまでは言われてないって言い返してきてさ~』
万里子の冗舌な話しぶりに、薫の気持ちはほだされる。普段ならば心の奥底に押し込めている気持ちが膨れ上がり、あふれていく。
「万里子のところはやってくれるだけまだマシだよ。うちなんて飯は? とか舌打ちばっかりだよ。ホント別れちゃいたいわぁ」
冗談で言ったつもりだった。それでも口にした言葉は、靄(もや)のように頼りなかった薫の気持ちの存在を確かに肯定してくれたような気がした。
『……でも、現実的には厳しいよね。旦那の稼ぎで暮らしてるんだし。薫のとこは子供が2人でしょ? これからかかる学費とか考えたら、ふつーに無理だよね』
「うん、まあそうだよね……」
薫は無理やり笑って、万里子との電話を終えた。
娘たちのことを考えれば、新吾との生活から下りることはできない。娘たちの幸せのために、新吾と別れることはできない。
じゃあ自分の幸せは?
空中分解していく問いは答えが出ないまま、陽だまりのなかに転がっていた。