本当は「猫らしい」性格だった

その日を境に、ミーはまるで別人のように妙子になつくようになった。夕食の準備をしている妙子にすり寄ってきては、ミーミーと鳴き声を上げて甘えた。

「あんた、本当は甘えんぼさんだったのかい?」

妙子は頰を緩ませながらその場にしゃがみ、ミーをなでる。ミーはおなかを見せて寝転がった。秀樹から聞いたことがあった。動物がおなかを見せるというのは相手を信頼している証しらしい。妙子はうれしさをかみしめながら、ミーのおなかをさする。ミーがゴロゴロと気持ちよさそうな声を出していた。

しかし、ミーはある日突然姿を消した。

最初はどこか別のところで遊んでいるのだろうと思った。しかし朝食の時間になってもミーの鳴き声すら聞こえてこない。妙子はさすがに心配になり家中を探しまわった。だがミーはどこにもいなかった。

「外に出ちゃったのかも」

妙子はサンダルを履いて、外に出る。ミーが横たわっていた公園の茂みや町のなかを探し回る。何か危険な目に遭っているのではないかと不安に襲われた。足だってまだ治って間もないのだ。

耳を澄まして、あのいとしい鳴き声を探した。家の周りを歩いて回った。しかしミーの鳴き声はどこからも聞こえてこなかった。

ようやく仲良くなれたのに、こんなお別れはあんまりだ。

妙子は普段立ち寄らない路地裏まで足を伸ばした。そうすれば、ひょっこりとミーがかわいらしい顔で飛び出してくるように思えた。

妙子は体力の続く限り捜索を続けた。戻ってきてはくれないかと、玄関に猫じゃらしのおもちゃを置き、毎日の散歩も範囲を広げた。だが、妙子がどこまで歩こうともミーの姿を見つけることはできなかった。

妙子はまた独りになってしまった。いいや、元から独りだった。そもそもミーを置いていたのはけがが治るまでの期限付きのつもりだった。けがが治れば出て行く。それはミーにとっても、妙子にとっても、納得のできる結末のはずだ。妙子は寂しさを押し殺し、自分を納得させた。

しかしいなくなってから2日が過ぎ、3日が過ぎても、ミーの不在に慣れることはなかった。秀樹を失ったときのように、抜け殻になってしまったような毎日が続いた。

「甘えんぼだったのは、私のほうだったのかね……」

妙子は秀樹の仏壇に話しかける。返事が返ってくることはないと分かっているのに心が痛んだ。目のあたりが熱を持ち、視界がにじんだ。そのときだった。

みー、みー。

かすかに聞こえた鳴き声に、妙子は思わず立ち上がった。玄関を開けると、ミーが猫じゃらしをかんで遊んでいた。

「ミーちゃん……!」

妙子が抱きしめようとしゃがむと、ミーは何事もなかったかのように家に入り、リビングに向かっていった。そんな風に堂々と歩くミーの背中を見て、妙子は思わず笑ってしまった。

「何だい、まさかおなかがすいたから帰ってきたのかい? 現金なもんだよ、まったく」

笑いながらも妙子はミーのためにフードを準備する。こんな風に振り回される生活も悪くないなと思った。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。