勇太の価値観

その日、隆子はもうほとんど口を開くことはなく、置物のように座っているか、機械のように食器を洗っているかのどちらかだった。

長居する理由もなく、食事と片づけを終えた香世たちは早々に義実家から帰ることにした。

香世は勇太と並んで後部座席に乗り込む。勇太はさっそくゲームを取り出す。

「車のなかでやると酔わない?」

「別に」

切り出すための言葉を探す。もちろん言いたいのは、そんなことではなかった。

「勇太、さっきはありがとね。お肉、とってもおいしかったよ」

「そう。よかったね」

「でも、おばあちゃんにあんなことを言うなんて思わなかったからびっくりしちゃった」

「……別にいいだろ、何でも」

やっぱりゲームの画面を見たままの、素っ気ない返事だが、かすかにゆがめられた横顔からは照れているのが伝わってくる。

「何でもよくないよ。かっこよかったよ。お母さん、すごく助かったし、うれしかった」

これ以上やると嫌がられそうだなと思ったが、勇太は続けて口を開いた。

「……クラスにさ、山本ってやつがいるんだ」

「ふーん、山本さん」

「そいつね、ランドセルとかリコーダーとか全部、お下がりを使ってるんだって。だから持ってるもの、どれもちょっとボロいんだよ」

香世は山本という児童の事情を察した。いや、克明に想像できた。香世自身、ひとり親の家庭で育っており、決して裕福とは言えない環境で育ったからだ。

「洋服も、ちょっと汚くて、そのことをイジられていたんだ」

子供たちの残酷さは、香世も身をもって知っている。いや、その残酷さには子供も大人も関係ないのかもしれない。人は差異に厳しく、一度自分よりも下だと思った相手にはどこまでも冷たく、酷薄になれる。

「でもね、俺、山本と席が近くなって、最近よく話すようになったんだ。すげえ優しくて面白いんだよ。ゲームの話とかやったことないから全然できないんだけど、キャラクターの絵とかめっちゃうまいんだ」

勇太の口から学校の話を聞くのは久しぶりだった。

「仲良しなんだね」

「別に、そんなんじゃないよ。でもみんなに山本の絵見せたらさ、すげえってなって、見た目のことをからかうのとかなくなったんだ。だから、もう別に俺と仲いいわけじゃない」

「お母さんみたいに、その子のことも助けてあげたんだ」

「見た目でばかにすんのとかダサいって思うだけ。そういうんじゃないから」

素直じゃないなぁ、とは思ったが言わないでおいた。というより言えなかった。

勇太の言葉を聞いた香世は思わず泣きそうになってしまって、顔を窓の外に向けたからだ。

勇太はとても優しい子に育ってくれている。

涙をなんとか奥に引っ込めて、香世は勇太を抱きしめる。勇太は邪魔すんなよと身じろぎをする。

「ありがとう。そんな風に思ってくれて、お母さん、うれしい」

「いや、別に……。普通のことだから。離して―—あ、死んだ。お母さんのせいで死んだ!」

「ごめん、ごめん」

照れている勇太がなおいとおしい。

「なあ、明日、3人でどっか遊びにいかないか?」

見ると、充人がバックミラーでこちらにほほ笑みかけていた。

「そうだね。勇太は行きたいところある?」

「じゃあ俺、新しいゲーム買ってほしい!」

「それはダメ」

「ちぇーっ」

勇太は唇をとがらせながらも上機嫌だ。

これからもずっとこの笑顔を見続けていきたい。

心からそう思った。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。