自分にだけ肉を取り分けてくれない義母
テーブルにはすき焼きだけではなく、出前で取ったすしも並んでいた。
「勇太が好きだって聞いたからね、すしもすき焼きも両方準備したのよ」
隆子の言葉に、勇太はうれしそうに笑った。
「あ、ありがとう、おばあちゃん」
「気にしないでいいんだよ。たくさん食べてね」
隆子は菜箸を持って、すき焼き鍋の前に陣取ると、肉や野菜を盛り付けた小皿を勇太へと渡した。勇太は小皿が渡されるや、溶いた卵に絡めた肉を口に放り込んだ。思わず笑みがこぼれる。
「こら、勇太。まだいただきますしてないでしょ。すいません、お義母(かあ)さん」
「香世さんはまたそんなちっちゃいこと気にして。でかいのは身体だけかい?」
隆子は笑いながら言って、充人にもすき焼きを取り分けた小皿を渡す。充人だって聞こえていたはずなのに、知らん顔でビールを片手に締めさばを頰張っていた。
「ああ、香世さんも好きなだけ食べてね」
隆子は最後に香世にも小皿を渡してくれたが、香世の小鉢にはネギや白滝のみで、肉が入っていなかった。
たまたまかな、と思ったがそれから高そうなお肉は全て勇太と充人の元に向かい、香世のところに来ることはなかった。
これは明らかにわざとだ。
「どう、香世さん、おいしい?」
アルコールのせいで少し赤くなった顔で嫌みったらしいほほ笑みを向ける隆子に、香世は笑顔で応える。
「あ、は、はい。ありがとうございます……」
別に肉を楽しみにしていたわけではなかったし、食い意地を張りたいわけでもない。
けれど、たとえ血はつながっていないとはいえ、ここは家族の食卓のはずだ。それなのに香世だけが、村八分にされている。太っているのはそんなに罪なんだろうか。きれいでないことはそんなに悪なんだろうか。ただ家族で普通に、食事を楽しむことすらも許されないほどのことなのだろうか。
「それにしても、勇太はきれいな顔だよ。目なんかは若いころのあたしそっくりだ」
「母さん似ってことは、俺似だろ?」
「何言ってんだい、あんたの目はわたしがつけてやったんじゃないか」
ゆらゆらと立ち上るすき焼きの湯気の向こうで、隆子の笑い声が響いている。しかし香世はその温度から切り離されている。
耐えればいい。いつも通りだ。
香世は自分にそう言い聞かせ続け、いまいち味のしみていないネギを口に運ぶ。視線を落とした小皿のなかに、横から大きな肉が突っ込まれた。
思わず顔を上げる。隣りではそっぽを向いた勇太がサーモンを食べていた。
「俺、もういらないから、お母さんにあげる」
「え……」
あまりに唐突のことで、香世はなんと返すのが正しいのか分からなかった。どこかに答えはないかと視線をさまよわせた。鍋の湯気越し、隆子と目が合った。
隆子は目を眇(すが)め、香世のことをにらんでいた。
●優しい息子の行動に喜びたいところだが、義母の厳しい目が……。香世は義母の時代遅れなイビリに耐えるしかないのだろうか? 後編【嫁にだけ「すき焼きの肉を取り分けない」義母…時代遅れのイビリを撃退した「意外すぎる人物」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。