保護犬との対面
とはいえ、保健所に行っても即日で保護犬を引き取れるわけではない。
きちんとした受付、そして犬を飼うに当たって必要事項の講習を受けなければならない。所員から教わった通りにブルーシートやケージを買った。さらには飼育状況まで徹底的に調べられた。
「お仕事は何をされていますか?」
「あ、あの商社で働いています」
「ワンちゃんは一生涯で約200万ほどかかると言われています。ここにいるのは成犬が多いので、ここまでではないですが、大丈夫ですか?」
係員に聞かれて、一郎はしっかりとうなずいた。
「はい、仕事はちゃんとありますので、大丈夫です」
係員が満足そうにうなずいたとき、一郎は仕事を辞められないと引き締まる思いがした。
最後に写真を見せられ、引き取る犬を選ぶ。
一郎はパグを希望した。
パグは晴美が特にお気に入りの犬種だった。理由は顔が一郎と似ているから。
自分と似たような不機嫌面と一緒に生活をするか悩んだが、晴美がかなえられなかった夢をかなえたかった。
それから数週間がたって、いよいよパグを迎える日が来た。
物置になっていた部屋を整理し、そこをたぬきち――(パグは「たぬきち」と命名した)専用の部屋にあつらえた。愛犬家はきっと世の中にたくさんいるが、個別の私室を持っている犬はそういないはずだろう。これなら晴美も満足してくれるだろうかと、仏壇に向けて得意げにほほ笑んでみた。
だが自信に溢(あふ)れていられたのもつかの間、いざ折りたたみのケージから外に出してみると、たぬきちは部屋の隅で身構え、警戒心をこれでもかとあらわにした。
「ほら、たぬきち、こっちへおいで」
一郎はたぬきちと呼ぶ。しかしたぬきちは近寄ってこなかった。何度か根気強く挑戦してみたのだが、結果は同じ。どうしても距離を取られてしまった。
さらに問題なのが食事だった。
一郎はたぬきちに何度もドッグフードを与えようとしたのだが、たぬきちは一向に口をつけてくれなかった。
丸1日必死でやってみたが、結局、たぬきちは餌を食べてはくれなかった。
このままではたぬきちが大変なことになると一郎は焦った。