卒園式
春の嵐は過ぎ去って、穏やかな陽光が気持ちのいい日に卒園式を迎えた。
亮はあの日以来、かんしゃくを起こさなくなった。受験には落ちたようで、地域の公立小学校に入学することになったと別のママさんたちがうわさしているのを小耳に挟んだが、真偽は大きな問題ではなかった。亮がよく笑うようになったこと。送り迎えに来る涼香と楽しげに話しながら手をつないで歩いていること。重要なのはそれだけだった。
「本当にご迷惑をおかけしました。お恥ずかしいことに、亮のことなんて全然見えてなくて、夫や夫の両親の目ばかり気にして……親失格ですね」
亮とともにあいさつにきた涼香はゆっくりと頭を下げる。
「そんなことないですよ。おこがましいようですが、最近の亮くんはよくお母さんのお話をしてくれてたんですよ」
涼香は手をつないだ亮に視線を落とす。目元は春の柔らかな日差しを受けてほのかに光る。
「全部先生のおかげです」
「いえいえ、私は何も」
受験失敗のうわさを聞いたときに唯一気がかりだったのは亮よりも涼香のほうだったが、どこか気が晴れたような顔をしているので、安心する。あのとき、誰よりも追い詰められていたのは医者の家に嫁いだ涼香だったのかもしれない。
それでも、涼香はしっかりと亮に寄り添うことを決めてくれた。この親子はもう心配ない。弥生にはそう感じられた。
「これ、あげる」
「え? 私に?」
亮が丸めた画用紙を手渡してくれる。開くとそこにはまん丸の笑顔が描かれてあった。
「これ、弥生先生」
「えー、うれしい! ありがとうね!」
弥生が感謝を伝えると、亮も笑ってくれた。
「ありがとうございました!」
はきはきとした感謝の言葉に弥生は思わず涙をこぼした。
そうして涼香と亮は手をつないで笑顔で帰って行く。
その背中を見ながら、弥生はこの仕事に就けたことを本当に幸せだと実感した。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。