<前編のあらすじ>
弥生(52歳)は2人の娘の子育てを終えて念願の保育士資格を取得した。子育ての経験を生かして保育園で充実した毎日を送っていたが、ひとつ心配なことがあった。何かと同じ園のおともだちに暴力をふるってしまう亮と、その亮を頭ごなしに泣くまでしかってしまう母親の涼香のことだ。さらにお受験を控えていると聞いて、亮のことを注視しておこうと決めた弥生だった。
●前編:「口を出さないでください!」52歳の新米女性保育士に立ちはだかる“モンスター親子”の「ありえない子育て」
これはわが家の問題ですので
ここ数日、亮のことを見ていて分かったことがある。
まず亮は決して器用なわけではないということ。特に自分の気持ちを伝えるのがうまくいかず、どうしようもなくなるとかんしゃくを起こすことがあった。
しかし感情表現は不器用だが、秀でいていることもある。
「亮くん、何をお絵かきしているの?」
「ママ」
画用紙に向かって一心不乱にクレヨンを握っていた亮が顔を上げる。画用紙にはニッコリとした人物の絵が描かれていた。
「すごいね、上手だね」
弥生が褒めると、亮はうれしそうに頰を緩めた。
感情表現はあまり上手ではないが、絵を褒めると笑ってくれた。外で活発に遊ぶというよりも、自分の世界に没頭するほうが好きなようだった。
「どうですか? あれから亮は何か迷惑をかけていませんか?」
涼香はあの日以来、よくこの質問をするようになっていた。
「いいえ、とても楽しそうに遊んでいますよ。武くんとも一緒に遊んでいましたし」
弥生がそう言うと、ホッとしたような顔になる。
「実は亮くんは絵を描くことが好きみたいなんですよ」
「……試験でもお絵かきがあったわね」
「いや、あの、もっと自由に描かせてあげたほうが……」
弥生の言葉に涼香は鋭い反応を見せる。
「これはわが家の問題ですので」
そう言うとこれ以上は何も言わせてくれなかった。弥生は涼香との壁が想像以上に厚いことを思い知った。