断行の日

当日の朝、タワマンに技術者、補助者、立会人、そして私が揃い、執行官の到着を待ちます。

執行官が到着すると所要の手続きを行い、20階の横井夫婦の居室前に向かいました。執行官がインターフォンを押すと、男性の明るい声で「はーい!」という応答。状況にそぐわない明るい反応に私たちは一瞬驚きましたが、気を取り直し、執行官の「ドアを開けてください」の一言で断行を開始しました。

玄関先にはご主人と思われる男性。執行官からの「横井拓也さんですか?」の問いに「はい、横井ですが……?」とあっけにとられた様子です。

「本日、建物明渡断行を実施します。奥様からは今回の件について聞いていないのですか?」と執行官が質問します。

「妻は昨日、『友人と旅行に行く』と言って出て行きました。私は一昨日シンガポール出張から帰国して、昨日から代休なんです。何かあるのですか?」

拓也さんが私たちに質問し返す様子を見て、事情を汲んだ執行官からカレンダー裏の公示書が示されました。すると、拓也さんは「どういうことだよ!」と声を荒げます。

「家賃未払いが3カ月以上あったので、裁判所で判決が出ています。本日が建物引き渡し期限です」

執行官が冷静に諭します。

拓也さんは「家賃は妻が払っているはずです。何かの間違いではないのですか?」と繰り返していましたが、私から滞納の事実と判決書のコピーを提示すると、拓也さんは「一体どうなってるんだ。信じられない」と言いながら膝から崩れ落ちました。

執行官から20分で貴重品や着替えをまとめて退去するよう指示されると、拓也さんはゆっくりと立ち上がり荷物をまとめ始めました。寝耳に水の出来事に憔悴しきっている様子でした。

その後、作業員が段ボール箱を次々に作り始めました。拓也さんには、荷物は期日まで指定の倉庫に保管されることが執行官から説明されました。続けて、私から「●月●日までに、この書面にある倉庫に引き取りに来てください。2トントラック3台分です。引き取りに来ない場合は、競売になります」と伝え、書面を手渡しました。

断行開始から30分程で拓也さんは去って行きました。居宅の鍵は3本中2本返却。1本は優香さんが所持しているのでしょう。約3時間を掛けて室内の荷物を梱包し、20階からトラックに搬入しました。全品搬出の上、清掃作業が完了。玄関の鍵は技術者により交換が終わっていました。

「明渡完了です」

執行官の宣言とともに断行を終了しました。