俺は「このまま」でいいのだろうか
家には高級車、高価な家具、趣味で集めている時計、そして玲子に息子。誰もがうらやむ環境がそろっている。
しかし歩はそれでも満たされない何かを感じていた。
夕食時、目の前にいるのは妻の玲子。
ここに引っ越して来てから収入はずっと右肩上がり。しかしそれと比例するように玲子に対する不満も募っていった。
玲子に対して外見への努力不足を感じていた。昔と比べて明らかにシワが増えて、老けたように見える。着てる服も色気も何もないものばかり。
専業主婦で時間はあるにもかかわらず、美容に労力をかけようとする気もなさそうだ。そのことを注意したことはあったが、玲子は忙しいからという理由で何も変えようとはしなかったのだ。
笹原の彼女は美しかった。容姿、肌のつや、スタイル、何もかもが玲子より上に見えた。
料理の腕も一切向上していない。塩分控えめなのは仕方ないとしても、ただの薄味にならないような創意工夫が見えないのだ。
そんな不満を抱えながらの生活は、歩にとってストレスでしかない。
老けた妻、そして薄味の料理は、歩が思い描いていた人生ではなかった。
「ねえ、高広のことなんだけど。あの子ね、幼稚園でお友達とけんかして泣かせちゃったのよ」
「……そうか」
「何だか、だんだんワガママにもなってきているし、あなたの方から、何とか言ってくれない?」
玲子からの頼みに歩はいら立ちを覚えた。しかしそれを隠しながら返事をする。
「……そういうのはお前に任せるよ。俺は仕事で手一杯だから」
「そ、そうなの? でも、父親が一度怒るのも大事だって同じ幼稚園のママ友から聞いたからさ」
「……もしも何かあったら、また言ってくれ。よっぽどのときは俺が叱るるから」
「う、うんそうね…」
夕ご飯を食べると歩は早々に自分の部屋に閉じこもる。
夫婦での会話はほとんどない。玲子が何か言ってくるので、歩は相づちをしているだけ。それでもひどく疲れるのだ。あれだけ幸せだったこのマンションが今ではとても息苦しいものになっている。
理由は何となく分かっている。葛藤があるのだ。長年、支えてくれた玲子への感謝と嫌悪が歩の中に混在している。
仕事で成功をしたことで環境ががらりと変わった。信じられないような華やかな場所に出向くことが多くなった。そこにはテレビで見たことのある金持ちたちがわんさかといて、全員がきれいな女を横に置いている。
笹原はその一員となった。しかし歩は、そうはなれない。なぜなら、玲子がいるから。
そのときから、歩は玲子のことを足かせのように感じるようになった。
「俺は、このままでいいのか……」
声に出して問いかけた。
すると、そんなわけないだろと内なる歩が叫ぶ。
そして歩はとあるアプリを開いた。
●自分を見失いつつある歩が開いたアプリとは……? 後編【金の切れ目が縁の切れ目…港区女子とパパ活の末“すべてを失った”男の末路】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。