「——ありがとうございました!」

拍手が響くなか、まばゆい舞台の上では演者たちがそれぞれの両隣と手をつなぎながら一列に並んでいる。彼らは深々と下げていた頭を上げる。何人かは感極まって泣いていて、何人かは晴れやかな表情で手を振って拍手に応えている。

前衛的過ぎて意味不明なのにどこか懐かしい空気感のある彼らの舞台が、小枝子は好きだった。学生時代は公演のたびに足を運んでいた。働き始めてからは忙しくなったが、彼らの荒唐無稽な演劇を見ていると現実の不安や嫌なことなんて吹き飛んでしまった。

下北沢の劇場で行われた〈サボテン〉という小さな劇団の解散公演。解散だというのに席は半分くらいしか埋まっていないことが、こんな小さな劇団が1つなくなったところできっと誰にも気にはとめないという事実をひしひしと感じさせる。

※〈サボテン〉の詳細:女優からコールセンターの派遣社員に… 40歳目前、社会人経験なしの女性の苦悩

だけど小枝子にはかけがえのない時間だったことは言うまでもない。

そして今日という日は小枝子にとって特別な意味を持っていた。

いつも1人で見に来ていた小枝子のとなりに、今日は新宮隆平が座っている。

彼は涙を流していた。鼻を赤くし、シャツの袖でぬれた目元をこすっていた。顔はずっと照明に照らされた舞台へと向けられていた。

「ちょっと泣きすぎじゃない?」

明るくなった劇場で、小枝子は隆平に尋ねる。隆平は恥ずかしそうに笑いながら、やっぱり目元をシャツの袖でこすっていた。

「これは傑作だよ。日常に忍び寄る人間性の愚かしさと輝かしさを鮮烈かつ丁寧に描いている作品だった。泣かずにはいられないよ」

まるで自分の心を読まれたのかと思うような感想だった。その瞬間、小枝子はこの人と結婚したいと思った。同じものを同じ温度でいいと思えること。小枝子がずっと探していた人がいま目の前に座っていた。