ふるいにかけられるイチゴたちの中で
去年35歳になり、30代も後半に差し掛かった小枝子は焦っていた。
人々の生き方がいくら多様化し、世の中がいくら晩婚化しているからと言っても、リミットというものは現実にしっかりと存在している。特に子供が何人欲しいかとか、具体的な将来を思い描けば描くほど、そのリミットは小枝子の人生に厳然と立ちふさがってくる。
親からのプレッシャーをのらりくらりとかわし、出産や子供の入園を迎えた友達を横目に見ていた。
そんなときに出会ったのが隆平だった。
きっかけは友人の和江に勧められて参加した婚活パーティー。それまでなんとなく避けていた場だったが、和江自身がそこで知り合った男性と結婚しており、熱烈に勧めてくるから仕方がなく参加した。
貸し切られている会場は男女合わせて50人くらいの人がいた。まず女性は座席に座るよう促され、小枝子は端の席に腰を下ろした。そして5分1セットで入れ替わる男性と自己紹介とか趣味とか仕事とか、同じような話を繰り返す。小枝子は会話をしながら、学生時代にクリスマス前の短期でやっていたケーキ工場のアルバイトを思い出した。ベルトコンベヤーに乗って流れてくるホールケーキにパックのイチゴを乗せていく。このとき気を付けるのはかたちの悪いイチゴは取り除かなくてはいけないということ。容姿、収入、会話の巧拙――この婚活会場でも、イチゴはさまざまな要素でふるいにかけられていく。
果たして自分は取り除かれるイチゴだろうか。それとも取り除く側(がわ)のアルバイトだろうか。小枝子は繰り返される5分間で愛想笑いをしながら、そんなことを考えた。
「なんだかせわしなくて疲れましたね」
13人目が隆平だった。そのときもやっぱり、小枝子は自分の心の声が思わず漏れてしまったのかと思った。
「新宮隆平です。よろしくお願いします」
隆平は濃い色のジーンズにタートルネックとジャケットを着ていた。スーツをびしっと着込んでいる人が多いなかでは目立つラフないでたちだった。
「原口小枝子です。よろしくお願いします」
隆平と話していた5分はあっという間だった。むしろ短すぎると思った。映画や舞台をよく見に行くと小枝子が言うと、隆平はデヴィッド・クローネンバーグ監督の作品が好きだと教えてくれた。小枝子も彼の最新作を映画館で見たばかりだったこともあって、話は盛り上がった。整った顔をくしゃくしゃにゆがめながら楽しそうに映画の話をする隆平の笑顔がすてきだった。
「原口さんの視点は面白いですね。よかったら今度、一緒に映画行きませんか。実話をもとにした映画で、気になっているのがあるんです」
入れ替え時間がやってきて、席を立つ間際に隆平が言った。その映画はちょうど小枝子も見たいと思っていた映画だった。けれどそんな理由をくっつけるまでもなく、小枝子に断る理由はなかった。
渋谷で映画を見て、食事で感想や考察を言い合った。次の日も、その次の日も、朝のおはようから夜のおやすみまで、毎日連絡を取っていた。隆平は小枝子よりも5歳年上で、いわゆる大企業の課長だった。2回目のデートの帰りの車で、隆平から付き合ってほしいと言われ、小枝子はうなずいた。
出会ってから7カ月。小枝子は隆平からプロポーズを受けた。両親へのあいさつも終え、お互いの家族や友人、同僚たちに祝福されて結婚式を迎えた。新居には港区に建つ新築のマンションを選んだ。
絵に描いたような幸せがそこにあった。もし運命と呼べるようなものがあるなら、このことを言うに違いないと思った。