近藤の決断

いくら田舎だといっても、この地域の高齢化は深刻だ。年を取れば、誰もが父親のように倒れて後遺症が残る可能性がある。介護タクシーについて不便に感じている人は多いのではないだろうか。

自分はこの地域の土地勘もあるし、運転もできる。資格を取るのに少し時間はかかるかもしれないが、決して難易度の高い資格というわけでもない。

『40歳で介護の仕事を始めるなんて惨めじゃないか?』

『大学の同級生は大企業でバリバリ働いてるぞ』

介護タクシーでの起業を考えていると、そんな声が頭の中で聞こえた。

たしかに、東京に戻って同じIT業界で就職先を探すのが普通なのかもしれない。近藤のキャリアがあれば、それなりの規模の会社に再就職することも可能だろう。

しかし、それではこれまでの自分と変わらない。

このまま東京に戻って再就職しては、きっとこれからも「人にどう見られるか」ばかりを気にして生きることになるだろう。

そんなのはごめんだ。

ショッピングモールの駐車場の中で味わった気持ちを二度と味わいたくはない。自分がやりたいと思い、社会から必要とされている仕事をしよう。

近藤は強くそう誓った。

スマートフォンを手に取り、電話をかける。

「もしもし? 辻だけど。どうしたのこんな時間に」

「遅い時間に悪いね。実は、俺まだ地元にいるんだよ。だから、こんど飲みに行かない?」

「まだ地元にいるのか! 飲みに行くのはぜんぜんいいけど、会社は大丈夫なの?」

「うん。会社はもう辞めたんだ」

「え! そうだったの!」

「そうなんだ。だからいつでも飲みに行けるよ」

数日後に飲みに行く約束をして、電話を切った。

いきなり電話された辻は迷惑だったかもしれないが、近藤はみそぎを済ませたような気持ちだった。

寝る前に空気を換えようと部屋の窓を開けた。

美しい満月が輝いていた。きっと明日は晴れるだろう。

そして、太陽が茶畑の緑を美しく輝かせてくれるはずだ。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。