ついに内定を獲得
「思い立ったが吉日」ということで、ただちに転職活動をスタートした。年齢的にすぐ内定がもらえるとは思えなかったので、仕事は続けていた。それでも、転職活動はなかなか順調に進んだ。さすがに大企業は書類選考で落ちてしまったが、中堅規模の会社の面接には呼ばれた。今と同じ販売職の方が内定をもらいやすいのだろうが、安藤はあえて営業職を狙った。販売職よりも給料が良かったし、18年以上家具の販売を続けてきたので、さすがに飽きていた。
そして、安藤はついに内定を獲得した。社員数100人程度の小さな工作機械メーカーだった。企業規模の割に待遇は良く、年収は今に比べて100万円以上アップする計算だった。人事担当者いわく「ずっと同じ会社で働き続けた人なら、うちでも頑張ってくれそう」ということだった。18年間あの会社で働き続けたことがやっと実を結んだような気がした。
内定を獲得した翌日、安藤は店長の乾に辞表を提出した。辞表を見た瞬間の乾の驚きっぷりは最高だった。他人の感情を読み取ろうとしない乾は、安藤がこの会社に見切りをつけていることに全く気付いていなかった。
「考え直してよ! 安藤さんが辞めたら誰が新人を育てるの。そんな自分勝手なことダメだよ」
かつて自分が安藤に対して「普通にクビにするから」と言ったことをすっかり忘れているようだった。残念ながら、乾というのはそういう人間だ。
「私もこの会社に対していろいろと思うところがあるので、もう気持ちは決まっています」
「不満あるんでしょ? たとえば、どんなところが不満なんだよ?」
「『不満なところがある』というより『全てが不満』といったところですね。お金も人間関係も全てが不満だらけで、とっくに我慢の限界を超えています」
乾はポカンと口を開けていた。まさか、安藤にそんなことを言われるなんて1ミリも予想していなかったのだろう。会社を辞めたら、二度と乾に会うことはない。もうこんな無能上司に気を遣う必要など全くなかった。
あぜんとしている乾に辞表を押しつけるようにして渡し、安藤は昼食を食べるために外へ出た。雲ひとつない空に、太陽が美しく輝いていた。
●新卒から18年勤め上げた会社を退職。新天地で安藤は成功できるのか? 後編【「年収100万アップ」でも前職に戻りたい理由 “上手くいきそう”に見えた転職の失敗例】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。