創業者の孫・乾のあり得ない言葉…

「安藤さん、やればできるじゃん」

年齢も社歴も安藤の方が上だが、乾はいっさい敬語を使おうとしない。それはまだ我慢できるのだが、言葉の端々から人を見下したような態度がにじみ出ており、それを隠そうともしない乾の傲慢(ごうまん)さが本当に嫌いだった。

「ありがとうございます」

「最近はぜんぜんやる気ない感じだったけど、さすがに長いこと会社にいるだけあって、トークはうまいよね」

乾には遠慮というものがない。自分の言いたいことをどんどん言う。いったい、どんな家庭環境で育ったらこんな傲慢(ごうまん)な人間が育つのだろうか。

「安藤さん、これからも頑張ってね。インセンティブないからって仕事さぼったりしたら、普通にクビにするから」

さすがに耳を疑った。人事権を持つ店長という立場の人間が「普通にクビにする」などと言って良いものなのだろうか。まさか、ここまで無神経な発言をする人間だとは思わなかった。乾は安藤がショックを受けているのに全く気付いていないようだった。軽く伸びをすると、そのまま休憩室から出ていった。

休憩室の椅子に腰かけながら、安藤は深いため息をついた。眉間には深いしわが刻まれている。時間がたつにつれ、乾の理不尽な言葉にたいする怒りがふつふつと湧き上がってきた。

『どうして俺があんなこと言われなきゃいけないんだ!』

たしかに最近はあまり熱心に働いていなかったかもしれない。しかし、売り上げ目標はちゃんとクリアしていたし、主任として新入社員の教育もしっかりと行っている。乾にあんなことを言われる筋合いはない。どうせ面白くないことでもあって、安藤に八つ当たりしたのだろう。それにしても、いくら店長とはいえ、自分よりはるかに年下の人間に八つ当たりされるなんてあまりにも惨めだ。

安藤は、自分でも気付かないうちにギュッと拳を強く握りしめていた。大学を卒業してからずっとこの会社で働いてきたが、さすがにもう限界だった。安藤は、新しい仕事を探すことを決意した。