実は転職活動を続けていた夫
「離婚? あなたみたいな無職が私なしでどうやって生きていくわけ? 働いてないのにこのマンションに住めるのも、私が家賃半分出してるからだよね!」
夫から離婚を切り出されたというショックが映見の感情に火をつけた。カッとなって思わず強い言葉を発してしまった。
「仕事なら、ついさっき決まったよ。最終面接受けてからかなり待たされたけど、前の会社と同じくらいの規模の旅行会社に就職することになった」
映見は夫の言葉が信じられなかった。全く就職活動をしていないように見えたのに、どうやって仕事を決めたというのだろう。
「俺は、あなたが仕事に出掛けた後にちゃんと転職活動してたよ。あんまり心配かけたくなかったから、できるだけ気楽そうに振る舞うようにしてたけど、本当に怠けてると思われたんだな」
映見は思わず言葉を失った。自分が知らないところで、夫は再就職のためにしっかりと行動していたのだった。夫への不満をSNSに投稿することにきゅうきゅうとして、映見はそんな夫のことをちゃんと見ようとはしなかった。夫によると、最近はオンラインで面接をやっている会社も多く、夫も自分の部屋でパソコンを使って面接を受けていたということだった。夫は転職活動を怠けていたわけではなく、自分がそう思い込んでいただけだった。
2カ月後、映見は荷物をまとめてマンションを出た。離婚届にもハンコを押した。離婚の原因が映見にあるので、夫から慰謝料などもらえるわけもなかった。「ノージョブ夫の飼育日記」が夫にバレてからマンションを出るまでの間、夫とはほとんど口を聞かなかった。
「それじゃあ、元気でね」
「うん、あなたも元気で」
最後にそうあいさつを交わし、映見の結婚生活は終わった。
映見は、たしかに後悔していた。SNSでの軽はずみな投稿が原因で結婚生活が破綻するなんて想像もしていなかった。アカウントはすでに削除していた。離婚の原因となった存在をそのまま放置しておくことに耐えられなかった。
マンションを出ると、美しい青空が広がっていた。今日から映見の新生活がスタートするのだった。夫婦生活は終わってしまったが、ネットショップ運営の仕事はちゃんと続けている。先日、上司から「管理職とか興味ない?」と声をかけてもらった。しばらくは仕事に没頭してつらさを忘れることにしよう。そういえば、名字が元に戻るので、会社には離婚したことを報告しなければいけないのだろうか? さすがに本当の理由を伝えるわけにはいかないので、離婚の原因は「価値観の相違」といったところにしておこう。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。