店子・2720号室河合の怪しい動き

夜間のマンションのロビーは人影もまばらだ。高層階用のエレベーターに乗り、50階のボタンを押す。

50階のホールで下りると、佐伯がエレベーターを待っていた。確か、今日は蒼空の勉強を見てくれる日だ。

「遅い時間まですみません」

頭を下げると、佐伯がもの言いたげな顔で近づいてきた。

「何か?」と尋ねると、「あまりこういうことは言いたくないんですが……」と前置きして、佐伯と同じ27階に住む若い男が共用ラウンジを商談に使っているようだと話してくれた。

「一度ならともかく、私も家内も何度か見かけています。その度に相手が違うので、恐らくビジネスではないかと」

すぐに河合のことだと分かった。

「たぶん、うちの借り手です。共用施設の商用はルール違反ですから、厳重に注意しておきます」

礼を言って自室に入ると、蒼空がテレビゲームに興じていた。

「お母さんはまだか?」と尋ねると、「うん、どうせ今日も午前様じゃない」という答えが返ってきた。

妻の瑞希は1年ほど前から歌舞伎町の人気ホストに熱を上げている。週に2日は店に出掛け、高級シャンパンをオーダーしたり、ブランド物のアクセサリーをプレゼントしたりして“推し”の気を引くのに必死だ。

 

「42歳の本気だから」と宣言し、俺や子供たちの前でも少女のような恋心を隠そうともしない。

「僕は佐伯先生と弁当を食べたけど、冷蔵庫の中、何もないよ」

「飯は済ませてきたから、いい」

冷蔵庫から缶ビールを取り出しタブを引くと、ビールをそのままあおった。すかっとした炭酸がのどを落ちていく。

全く、どいつもこいつも。

20年かけて固めてきた足場が、ここに来てぐらついているのを感じる。

●久しぶりに家族がそろった週末。ある話をきっかけに一家崩壊の危機に……。後編【口座から消えた「5000万円」をめぐり一家崩壊の危機…家族も呆れた“ホス狂妻の言い訳”】で詳説します。

※この連載はフィクションです。実在の人物や団体とは関係ありません。