不動産会社専務・増岡健次の秘密
人いきれの中、耳障りなカラオケの音が鳴り響く。「ちっ」。思わず舌打ちをした。
「増岡さん、今日は何だか機嫌が良くないね」
隣に座ったタイ人のホステスが、こちらをのぞき込むようにして言う。
当たり前だ。先刻、義父からたんまり小言を食らったばかりだ。
高圧的で陰湿、あの悪口雑言シューティングを受けて無傷でいられるのはスーパーマンかウルトラマンか、はたまた相当の鈍感野郎だろう。
「お前、2720号室の河合、本当に大丈夫なんだろうな」
向かいの席の清水を睨みつける。清水はすました顔でビールをあおっている。
「家賃の滞納は一度としてない。父親は地方議会議員。その河合の、どこが問題なんすか?」
「2720号室に若い奴らが頻繁に出入りしているんだよ。同じフロアの住民から苦情が寄せられているらしい」
激高した義父の赤鬼顔がフラッシュバックする。
「分かってるだろうな? うちは地権者なんだ。マンションの価値を毀損(きそん)したり、住民の風紀を乱したりすることは、万に一つもあってはならない」
ええ、分かっていますとも。その言葉は耳にタコができるくらい聞かされてきましたから。
2720号室の河合は半年ほど前、地権者住戸の1つに清水が入居させた店子(たなこ)だ。提出された書類には24歳で広告代理店勤務とあったが、下手をすれば高校生にも見られかねない童顔。そのくせ、グッチのスーツを着てアルファードを乗り回している。親の援助なのかもしれないが、あの羽振りの良さは少々引っかかる。
「増岡さんには何か匂うってわけすか。ま、蛇の道は蛇って言いますからね」
「お前、ざけんなよ」