親友からの意外な言葉
ランチのピークが過ぎた平日の昼下がり、恵が店に来てくれた。恵は智子の高校の同級生であり、いちばんの親友だった。高校を卒業したあとはそれぞれ別の大学に進学したので疎遠になったが、就職でふたりとも地元に戻ってきたので、かつての交流が復活した。近くの街のレストランで働いていた達也を「あんまり男らしくないから、結婚したら尻に敷けるよ(笑)」と紹介してくれたのも恵だった。達也は恵の友人の弟だった。
「平日に来るなんて珍しい。もしかして、お仕事やめちゃった?」
「そんなワケないでしょ。有給がたまってたし、こうやってたまに休んで消化してるの」
「会社員はいいなあ。私も有給欲しいよ」
「私は智子がうらやましいよ。年下の旦那と一緒にこんなすてきなレストランやれてるんだから」
恵は智子が軽口をたたける数少ない人間だった。旦那というフレーズに反応したのか、達也がキッチンから顔を出して笑顔で会釈した。恵は小さく手を振ってそれに応えた。そして、達也の顔が消えると恵は小声でこうささやいた。
「あのさ、SNSに書かれてるの見たよ」
その言葉を聞いた瞬間、胃が締めつけられるのを感じた。「口の悪い駄犬」の柴犬のアイコンが脳内でフラッシュバックした。つらそうな顔をしていたのだろう。恵は全てを感じ取ってくれたようだった。
「その顔、もう知ってるみたいだね」
「うん。ちょっと前からいろいろ書かれてて、けっこう参っちゃってるんだよね」
そう言いながら、智子はぎゅっと拳を握りしめた。そうやって力を入れていなければ、親友の前で泣き出してしまいそうだった。智子は恵にこれまでの経緯を全て話した。話しながら、まるで高校生のときにタイムスリップしたような感覚に襲われた。そういえば、つらいときはこうやって恵に話を聞いてもらっていたっけ。
「話してくれて、ありがとう」
智子の話が終わると、恵は優しそうな顔でそう言ってくれた。恵に話を聞いてもらって、智子は救われたような気がした。親友の存在をここまでありがたく感じたことはなかった。
「あのさ、私がどこで働いてるか知ってる?」
「え? いきなりどうしたの?」
恵がなにを言いたいのか分からなかった。たしか、1年ほど前に不動産会社からどこかに転職したと言っていた気がする。恵はあまり仕事の話をしないので、今どこで働いているのか分かるはずもなかった。
「今、隣町にある弁護士事務所で事務員やってるの」
●智子はどのように解決の糸口を見出すのでしょうか。後編「個人を特定され『すべてを失った』ネット上で誹謗中傷を行った男の末路」にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。