その時、一連の騒動を遠巻きに眺めている人たちがいることに気が付いた。中には葵ちゃんママと地権者ママの姿もあった。意味ありげな目配せを交わす二人に嫌悪感を覚えた。このところ葵ちゃんママにLINEを送っても既読スルーされている。出来の悪い娘を持つ私は、愛梨ちゃんママ同様、葵ちゃんママのママ友リストから抹消されたのだろう。
その年末、夫に大阪への転勤の辞令が出たのは、私にとっては渡りに舟だった。家族帯同で赴任し、莉子は大阪で2年保育の私立幼稚園入園を目指すことになった。これが1年前だったら、私は莉子のお受験を理由にテコでもここから動こうとしなかったはずだ。
夫は単身赴任を覚悟していたらしく、私が大阪に行くと言い出したことに驚いていた。
新居は夫の勤務先が市内のマンションを用意してくれた。専有面積は80㎡と広いが、8階建てだ。窓から見える景色も今とはだいぶ違ったものになるだろう。
結局、私や莉子はこのマンションにふさわしい人間にはなり切れなかったのだと思う。挫折感が全くないと言えば嘘になるが、一方で、人間の欲や毒が蔦のように絡まったこのおぞましい空中楼閣から脱出できることに安堵している自分もいる。
※この連載はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。