やがてマンションの前のイチョウ並木が黄金色に色づく季節になり、莉子の幼稚園受験の考査や面接が始まった。10を超える園の説明会や体験入園に足を運び、うち3校に願書を提出していた。
結果は芳しくなかった。莉子は相変わらず遊戯が上手くできず、そんな自分にいらいらして感情を爆発させる。マイペースで協調性など微塵もない。何のために幼児教室に通わせたのかと頭を抱えた。
絶不調の莉子に対し、葵ちゃんは超のつく有名幼稚園2校から合格を勝ち取った。葵ちゃんは普段は物静かだが、いち早く大人の顔色を読み、自分に求められている振る舞いができる。2歳にして末恐ろしいと思ったことが何度かあった。今の時代、これくらい賢くないと熾烈なお受験戦争を勝ち抜いていけないのだろう。
莉子のお受験をめぐっては、家の中でも火種がくすぶっている。夫は私がお受験に前のめりなことを快く思っていない。受験全滅が確定した週末、珍しく家にいた夫と口論になった。
「莉子が受けた幼稚園、3つとも初年度の納付金が150万円近いんだろ? 3年で400万円か。系列の小学校に行ったら授業料だけでまた年間100万円くらいかかる。ネットで見たら『大学までオール私立で3000万円』と書いてあったけど、とてもそれじゃあ収まらないぞ」
「何言っているの? 莉子の将来を考えたら、それくらいの投資は当たり前じゃない。幼児教育の重要性は科学的にも証明されてる。学齢期前の教育が人格や学習意欲を決定づけるの。小学生になってからじゃ遅いのよ」
「それで莉子が医学部にでも入ってくれるのならいいけれど、幼稚園受験からつまずいてるようじゃ先は知れてる。幼児教室だって通うの嫌がってたじゃないか。今から多大な期待を背負わせるのはかわいそうだよ」
多摩の教育者の家庭で育った夫は、良くも悪くもリベラルだ。「子供の自主性を重んじ、のびのび育てるべき」などという昭和の教育論を恥ずかしげもなく振りかざす。しかも、お受験の準備に奔走する私の苦労も知らず、自分の娘を「先が知れてる」と断じる鈍感さ。父親がこのありさまだから、莉子のお受験が上手くいかないのはある意味当然かもしれない。