しかし、諦めるつもりはなかった。「2年保育でいいんじゃないか」という夫の反対を振り切り、家から少し遠いからと受験を見送っていた幼稚園の二次募集に応募した。莉子が愛らしく上品そうに見えるライトブルーのワンピースを新調し、面接に臨んだ。
合格発表当日、ウェブサイトで発表された合格者の中に莉子の受験番号はなかった。前の3回よりは手ごたえを感じていただけにショックは大きかった。その日は気晴らしに莉子を連れて都内のサンリオピューロランドまで足を延ばした。近場にしなかったのは、マンションのママ友と遭遇するのが嫌だったからだ。
ハローキティが大好きな莉子はアトラクションやショーを楽しんでいるようだった。顔をくしゃくしゃにした莉子の笑顔を久しぶりに見て、ああ、この子はこんなふうに笑うんだったと思い出した。
夕方最寄り駅で下車し、莉子の手を引いてマンションのエントランスに向かっている時、いきなり大型犬が莉子に飛びかかってきた。組み伏せられ、火が着いたように泣き出す莉子。とっさのことに足がすくんで動けなかった。
その時、横から「No!」「Lie down!」という穏やかだが力強い声がした。犬はすぐに莉子から離れ、伏せのポーズを取った。「大丈夫? このワンちゃんはきちんとしつけられているから怖くないわ。きっと、お嬢ちゃんとじゃれ合っているつもりだったのよ」
莉子を抱き起こしてケガがないかを確認した後、私たちを安心させるように笑顔を向けたのは50代くらいの女性だった。確かこの人とは、中層階向けのエレベーターの中で何度か顔を合わせたことがある。
すぐに飼い主の若いカップルが走り寄って来た。「申し訳ありません! 散歩中にリードが外れてしまって。お嬢さん、ケガはありませんか?」
幸い、莉子は腕を少し擦りむいた程度で済んだ。カップルは連絡先を書いたメモを渡してくれ、何度も頭を下げて去っていった。
「ありがとうございました。母親のくせに何もできなくて」。女性に礼を言うと、女性は優しく莉子の頭をなでながらこう答えた。「無事で本当に良かったわ。私、前に犬を飼っていたの。だから、すぐに対応ができただけ。気にしないで」