軽くなった胸のうち
寝室の掃除を終えて勝美たちは居間に戻った。勝美は辰雄の右斜め前に座りちらりと辰雄の顔を見た。
生気の薄れた表情は、辰雄も加奈子を失ったことに悲しみを覚えているのだと静かに物語っているような気がした。葬儀の時に辰雄がどんな表情をしていたか覚えていないし、辰雄が悲しんでいるかどうかなんて、これまで1度も考えたことすらなかった。
だがきっと自分と同じように悲しみのどん底にいたのだ。
勝美は母のことを思い出すからという理由で地元に帰ることを拒んでいた。しかし辰雄はこの加奈子との思い出が染みついた家で今も生活をしている。
悲しくないわけないし思い出さないわけがない。それでも加奈子との思い出が残るこの家を離れるという選択肢がないのだ。
悲しみから目をそらしていた自分よりも辰雄のほうがずっと強いと勝美は思った。
これからはできるだけ実家に帰ってきて父の生活のサポートをしようと思った。きっとそれを加奈子も望んでいる。もし加奈子が生きていたらやっていたであろうことを自分が引き継いでやろうと決めた。
勝美や祐太朗の負担は大きいが辰雄のためにはそちらのほうが良いなと思い、すぐに決意した。
サポートの方向性が決まったところで勝美は立ち上がり、辰雄に声をかける。
「お父さん、帰る前に肉じゃが作っておくから」
勝美の提案に辰雄は少し驚いた顔をした。
「……作れるのか?」
勝美がうなずくと、うつむいた辰雄がわずかに笑ったように見えた。
冷蔵庫の中身を精査すると、思いのほか調味料などはきちんとそろっていた。もしかすると、辰雄がキッチンを使った痕跡があったのは、加奈子の肉じゃがを食べたかったからなのかもしれない。
今は悪戦苦闘しながら料理をする辰雄の姿がぼんやりと想像できた。
近所のスーパーへ食材を買いに行き、掃除したてのキッチンに立つ。
世話の焼ける父親だ。母は天国に行っても父の身を案じ、亡くなった母に代わって、今度は娘が肉じゃがを作っている。
相変わらずうんざりする状況だ。けれど勝美の胸のうちは軽かった。
手紙を通して辰雄のことを加奈子から託されたのだ。
そう思いながら勝美は冷蔵庫にあったジャガイモを切り始めた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
