家族に理解されない母の不安

夕方、仕事帰りの夫が居間に入ってきたタイミングで、紀子はパンフレットを見せた。

「ねえ、これ見てよ、幸江の部屋で見つけたの」

夫は受け取って、中身をぱらっとめくったが、表情を変えずに言った。

「へえ、今どきって感じだな」

「そういう問題じゃないでしょ。生まれ持った顔を、変えようとしてるのよ? 」

「だからって、大げさに騒いでも仕方ないよ。幸江だって、もう子どもじゃないし。自分でバイトしてるんだろ? 」

紀子は口を結んだ。そういうことじゃない。でも、言い返す言葉も出てこなかった。

夕食後、ふと思い立って、長女・真理にメッセージを送った。

「今夜少し電話できる? 」

社会人になって家を出てからは、めっきり会話も減っていたが、こんなとき、つい頼ってしまう。すぐに届いた返信を確認し、紀子は電話をかけた。

「もしもし? どうしたの、電話なんて珍しいね」

真理の声は、相変わらず落ち着いていた。簡単に経緯を話すと、電話の向こうで少し間があった。

「……ママ、ちょっと気にしすぎなんじゃないかな。整形って言っても、今は簡単にできるし、軽い気持ちで受ける子も多いよ」

「でも顔をいじるのよ? なんだか心配で……」

「わかるけど、そういうのって、反対されるほど余計やりたくなることもあるから」

真理は柔らかい言い方で続けた。

「まあ、本人が何考えてるかは、本人にしか分からないし。あまり詰めすぎない方がいいと思う。とりあえず落ち着いて幸江と話してみたら? 」

そう言われて、紀子は「そうね」としか答えられなかった。真理の口ぶりは淡々としていたが、どこか他人事のようで、その距離感が少しだけ寂しくも感じた。

電話を終えたあと、紀子はテーブルに置かれたパンフレットをしばらく見つめていた。

●縮毛矯正した娘・幸江に違和感を覚える母・紀子は留守中の部屋で美容整形のパンフレットを見つけ、衝撃を受ける。夫や長女に不安を共感してもらえない紀子は、幸江を問い詰めることに…… 後編【「ずっと比べてたじゃん!」整形を止める母に娘が号泣…19年間の叫びとクリニックで見せた“意外な決断”】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。