偶然目にした競馬中継
ある土曜日、昼食を終えたあとも特にやることが思い浮かばず、秀美は何気なくテレビのリモコンを手に取った。チャンネルをいくつか回すうち、画面に大きく映し出されたのは、芝の上を駆ける馬たち。実況の声が熱を帯び、観客のざわめきがその背後に重なる。
「競馬?」
普段ならすぐに変えてしまうような番組だ。
だが、そのときの秀美は、なぜかリモコンを置いて前のめりになっていた。馬たちが全身を使って走る姿から、目が離せない。画面の中で、筋肉の束のような体がしなやかに動く。地面を蹴るたびに揺れるたてがみ、汗を飛ばしながら風を切って走る姿は、どこか神々しさすらあった。
その瞬間、秀美の脳裏に、ふと蘇った。
――そういえば、小さい頃、動物が好きだったな。
放課後に寄った図書館で、動物の図鑑を繰り返しめくっていたこと。動物園に行けば、柵の前からなかなか離れようとしなかったこと。動物を飼いたいと言っては、父に「うちは無理だ」と言われていた、あの悔しさ。
ずっと忘れていた。思い出そうともしなかった。いや、思い出す余裕すらなかったのだ。家族のために動いていた日々のなかで、そんな自分は、いつの間にか置き去りになっていた。
実況の声が一段と高まる。馬たちが直線に入ると、観客の声も一気に膨らんだ。先頭争いが激しくなり、ゴールに向かって加速するその瞬間、秀美の胸にも確かに何かが揺れた。
「……すごい」
息を呑んで画面を見つめながら、そうつぶやいた。
それは決して勝負に興奮したのではない。ただ純粋に、あの力強さに胸を打たれたのだ。
