定時退社の皺寄せは誰かの残業?
「えー……」
思わず漏れた友梨佳の声に反応して、部下の三宅が振り向く。
「どうしたんですか」
「いやー、ちょっと…見積書の整理、山内さんに頼んでたんだけど。途中で帰っちゃったみたいで」
三宅は画面を覗き込み、眉をひそめた。
「それって、今日中ですよね」
「うん、一応伝えてたんだけどな」
後ろの席では、まだほとんどの社員がPCに向かっていた。課内で、今週中に仕上げるべき提案資料が2本重なっているのだ。
「じゃあ、俺と中村で残りをやりますよ。件数、あといくつですか?」
「それがまだ半分残ってる。12件」
友梨佳が申し訳なさそうに言うと、三宅がため息まじりに立ち上がった。巻き込まれた中村も、ぼそっとつぶやく。
「最近こういうの増えましたよね。個人の自由って言われたら何も言えないけど、結局カバーするのこっちなんで」
「……まあ、帰っちゃったもんは仕方ない。私もやるから、なるべく早く終わらせよう」
三宅も中村も無言でうなずき、作業に取りかかった。
誰かの残業がゼロになると、その分他の誰かに皺寄せがいく。
そう感じながら、友梨佳も自分の席に戻り、マウスを握った。
◇
翌朝、友梨佳は梨乃を会議室に呼んだ。朝のフロアはまだ半分ほどの出勤率で、話すにはちょうどよい静けさだった。扉を閉め、椅子に腰を下ろすと、目の前の梨乃は何も言わず待っていた。
「山内さん、昨日の見積り整理、終わらせずに帰ったよね」
抑えた声で、友梨佳が切り出す。
「“今日中”ってお願いしたのは、納期が重なってる案件だったから。どうして帰ったの? それとも……あれで“終わった”つもりだったの?」
