台風で停電した夜に…
獣が唸るような風が窓を叩く。窓の外では枝が折れてしまうのではないかというほどに植栽が揺れている。
喜代との言い争いから1週間が経った今も冷戦状態は続いていて、家のなかの殺伐とした空気を表すように、近づいてきた台風が猛威を振るい始めていた。
玄関の扉を開け、卓夫が仕事から帰ってくる。卓夫はびしょ濡れだったが、無事に帰ってこれたことに美奈子は胸をなでおろす。
「おかえり。良かった、何もなくて」
「ただいま。徹たちは?」
「二人とも部屋にいる。学校が休みになって喜んでたけど、さすがにちょっと怖がってるのかも」
「無理もない。こんな調子だからな」
卓夫はリビングの方向に目を向けた。
「母さんは?」
「ご飯食べたらすぐに部屋に戻っちゃったわ」
「……ちょっと心配だな。色々と嫌な事を思い出したりもしてるだろうし」
卓夫の言葉に美奈子は頷く。例の件から微妙な関係ではあるが、それとこれとは話が別だった。
「……あとで声をかけてみましょう」
美奈子は卓夫の分のご飯を出しながらも、天気の様子をテレビやネットを見ながら確認していた。明日は仕事に行けるのかどうかという話をしていたとき、突然目の前が真っ暗になった。
「な、なに⁉」
騒然となっていると、目の前でスマホのライトが灯り、薄っすらと卓夫の顔が浮かび上がる。
「停電だな。ブレーカー見てみる」
卓夫は玄関へ向かい、ブレーカーを確かめる。美奈子もすぐに自分のスマホのライトを照らして卓夫に加勢したが、写真を撮るときの小さなライト2つではあまりにも心許なかった。
「どう?」
「ブレーカーは問題ないみたいなんだよな……なんか情報出てない?」
「出てないよ。SNSでもみんな困惑してる」
八方ふさがりだった。しかし突如として、喜代の部屋のほうで大きな明かりが灯った。
「お義母さん⁉ それって懐中電灯ですか?」
「そうよ。ストールームに予備のヤツがあと1つあるからそれを使って。あとランタンも幾つか買ってあるから2階に行って徹たちに渡してあげて」
まるで予期していたかのように喜代は冷静に指示を出し、美奈子はそれに従った。